■ 氷結の夢 / シュウ

――――信じる信じないはもちろんお前の自由だ。



              ゆえに



見るもの如何に関わらず常にそれは見えない鎖となってお前を縛り続ける―――――





――――――――ミハイル・ロア・バルダムヨォン













          〜氷結の夢〜―メビウスinf







――――――実世界2.0―――――――――――

―――闇

無光、無音、漆黒色をそれの定義とするならばその部屋はまさに「闇」

そのものだった。



・・やがて無音の定義を破るように凛とした声が室内に響く。

「定期報告・・・か。そう言うものがあること自体忘れて久しいが

私の読書の邪魔をするにふさわしい内容なのだろうな?ワイズ。」

その皮肉げな言葉の裏には「下手な報告なら殺すぞ」と言う意味あいが大いに含まれている。

「は、はい」

全身に冷や汗をかきながらも彼は表面上勤めて平静にその「定期報告」が書かれている書面に目落とし読み上げる。

その間彼の上司である彼女の目は本から一度も離れていない様子だった。

いくつかの報告の後彼は今回もっとも重要だと思われる報告を始める



「シエルが『巡礼』のため日本を離れました」



・・・ドサッ。

「?」

不意にワイズが目を上げると、本を取り落としている埋葬機関のトップの姿が目に入った。

「ナルバレック様?」

「いや・・・何でも無い・・続けてくれ。」

いままでの報告では見られない取り乱しようだった。

「しかし・・・御気分が優れないように見受けられますが・・」

「くどいぞ」

さっきとはまたずいぶんと違い真剣な雰囲気になってきたようだ・・・そう思いつつも慌てて続きを始める。

「行き先は告げず、彼女が言うには『気になったところ』だそうです」

ここで彼女----ナルバレックの目がすっ、と細まる。

「ということは【アカシャの蛇】とまだ鬼ごっこを続けるつもりなんだ・・・・彼女。自分を自分たらしめる存在を抹消するために動く・・・不憫ね」

さっきよりは随分と落ち着いてきた、

(とはいっても語尾が震えるところを見るといささかダメージは抜けきっていないらしい)

彼女の目はとても不憫に思っているようには見えず、むしろ楽しんでいるようでさえいる。ワイズは目の前にいる主人をそう分析した。

「いえ、その件なのですが・・・・ミハイル・ロア・パンダムヨォンとネロ・カオスの抹消届けもシエルより受けております」



・・

・・・

「・・・・・本当か?1つはまごうことなく二十七祖だぞ?」

七秒ほどの沈黙の後つむぎ出したその声は、驚きとある種の恐怖が入り混じった声だった。

「発信元も確かな場所ですし、記録もあります」

「ほう・・・・・・」

ここで初めて彼女は本当に感心したように呟く。

ワイズはこのけっして他人を認めようとはしないくせに態度だけは尊大な彼女を

あまり・・いや、かなり好ましく思ってはいなかったがそれを決して口外したりはしなかった。

もし口外などしようものなら、確実に彼の人生はその時点で「終わって」しまうからだ。

「前言を撤回するよワイズ、非常に刺激的な報告だ」

「だが、シエルの件は悪夢だが・・な」

「?」

疑問符を浮かべるワイズを尻目に彼女は淡々と報告の再開を促す。

「・・・・・今回は確か、日本だったな。今回もアルクェイド・グリュンスタッドは・・」

「確認されています」

「いたわけだ・・・で、各々を消滅させたのは?」

「ミハイル・ロア・バルダムヨォンはシエル、ネロ・カオスはアルクェイドブリュンスタッド、となっておりますが」

「にわかには信じがたい話では十分あるな・・・・・・で、方法は?」

「秘密♪」 「だそうです」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・ナルバレック様?」

「あ?あぁ。・・・・・・・それでこちらには帰ってくると?」

彼女の顔は今までで一番真剣だった。

「そう言う報告は受けておりませんが・・・」

「そう・・良かった」

彼女の語尾はは自嘲の意味が強かった事と声が小さかったためワイズには聞き取れなかった。

だがそれが幸運であることは彼自身知るよしも無かった。

「アルクェイド・ブリュンスタッドの動向ですが、ただ今Fポイントにいる模様です。・・が」

地名を英数で表すのに訳が有り、たとえこの会話が盗聴されていたとしても大丈夫な様に・・などといった理由からである。

ワイズにしては歯切れの悪い報告に彼女の顔が途端に不機嫌になる

「煮え切らない報告なぞ許可した覚えは無い。話せ」

「それがにわかには信じがたいのです。・・・・東洋人、それも日本人が一緒にいる模様です」

「まさか・・・下僕か?」

「いえ、そうでもない様子です」

「姫の護衛・・・?・・・・しかし、あれにそんなものは必要あるまいに」

「まぁいい、監視は怠るな、だが間違っても手を出すなよ。こっちが殲滅させられかねん。定期報告だけで十分だ」

「了解致しました。それでは次の報告を・・・・」

「もう、いい」

「え?し、しかし・・・」

「2度とは言わんぞ・・・出て行け!」

彼女の目が殺人狂の光を帯びる。

「は・・・はいっつ!」

脱兎のごとく・・・とも言うべきか、ワイズの気配はものの十秒で消え去った。

残されたのは彼女と深い闇――――――だがその闇も今はたゆたっている。

――――何が起こっている?――――

常に彼女の思考は常にそこへ帰結する。

永遠の存在を約束されていたであろう「ロア」の消滅。

何世代にも渡ってナルバレック家に伝わってきた奴の危険性と存在。

対応策も幾千と考えられたがどれを取っても決定的な打開策足り得なかった。

だが今回の報告で「ロア」は消滅したと言う。シエルがそんな報告をするはずが無いし、第一その必要性が無い。そのシエルも今は巡礼中だそうだが、いつふらりと戻ってくるか判ったものではない。

「長期休暇・・・・・・・取ろうかしら・・・・・・」

困ったような、それでいて今にも泣きだしそうな彼女の声は、深い闇の底に吸い込まれていった・・・・・







――――――――真実幻視――――――――――――――

過去の夢を・・見ていた・・・いや、それは正確に言うと夢じゃなくて現実にあった事。

たぶんこれは夏休みが始まる前に親しい人たちと交わされた言葉。





まどろみの中、声のみが頭を駆け巡る・・・



「じゃーな遠野。夏休みだからってあんま羽目外すんじゃねーぞ。あ、それとヒマんなったら

でいいから遊びにこいよ。姉貴だって待ってんだからよ」

お前に羽目を外す事に関して心配されたくないね有彦。でもそうだな、わかったよまた泊まりに行くからな

秋葉が許す範囲内で・・・さ・・・



「お帰りなさい志貴さん。ごはん作って待ってますので早めに下りてきちゃってくださいね。」

ありがとう琥珀さん。今日は早めに下りてくるよ。もうハラペコだしね・・・・



「おかえりなさいませ志貴様。下に食事の用意が出来ております。」

「それと明日から長期休暇の御様子ですが起床時間はいつもどおりでよろしいですか?」

ああ、頼むよ翡翠。最近翡翠に起こしてもらわないとなんとなく物足りないんだ。



「兄さん、明日からはお休みだそうですね。予定が無いようなら今度という今度は遠野家のしきたりを

兄さんに徹底して覚えて頂きます。えぇ大丈夫ですよ。私と琥珀でみっちりと教育しますので・・・それと逃げるなんて事はなさらないで下さいね。できれば私も物騒なまねはしたくありませんので・・・・」

白々しい・・・・・・すごく白々しいぞ秋葉・・・・・・勘弁してくれ。しきたりを守るだなんて俺には果てしなく無理っぽいぞ。

・・でも逃げたら逃げたで後が凄く怖いし・・・・あ、後でゆっくりと話し合おう、秋葉さん。





「こんにちは遠野くん。」

そういっていつものようにシエル先輩は夢の中でも微笑んでいてくれる。

しかし今回はその笑顔にも精細がかけているように見える。そうしたら案の定、

肩を目に見えて落とし、「はぁ、」とため息をつき話し初めた。

「私はちょっと巡礼に行かなくてはならないので数日間連絡取れませんが

我慢しててくださいね。こっちも我慢してるんですからお互い様です。

巡礼ですか?巡礼というのはですね、今まで殲滅させて来た吸血鬼が居たところをもう一度

調査して、必要とあらばその土地を浄化して回るっていう一種の行事みたいなものです。本当は遠野くんも一緒に連れて行きたかったんですけどね・・・前例が無いという事で許可が下りなかったみたいなんです。・・・・さみしいです。でも我慢しますね。」

と、先輩は悲しげな表情をした後それを吹っ切る様に真面目な顔になった。

「というわけですからちょっとの間ですがお別れです。元気でいてくださいね」

わかったよ先輩。確かに会えないのはさみしいけれどなんとかやってくよ。シエルこそ元気でな

帰ってきたらまた会おう。待ってるからな



「それと・・・・あの、あーぱー吸血鬼にだけは絶対に気を許さないで下さいね。本当は首輪つけてでも連れて行きたいんですけど」

そう言うシエルの口調はや雰囲気はいたって穏やかだった。これで目も笑っていたら随分と良かったのにと心底思う。先輩のいわゆる「本気」を感じ取った俺は先輩が帰ってくるまでは会わないようにしようと心に決める。ここ2、3日アルクェイドとは会っていないので可哀想な気もしないではないが。まぁ、帰ってきた後でアイツに会っても問題はおおありなのだが・・・・・



そう考えていた矢先、この無意識空間の中でアイツの姿が見えた。

この空間の中で再生された記憶はいままで昨日や、今日あった事ばかりだった。さっきも思ったとおりッここ数日会ってさえいないのでここに現れるはずが無い・・・・

しかしあの金髪、深紅の瞳、そしてなによりあのおよそ吸血鬼らしくないほよんとした雰囲気・・・それはまさしく先輩曰く「あーぱー吸血鬼」ことアルクェイドだった。

そしてそいつはここにいる事が当然の様に話しかけてきた。

「こんばんは志貴。いい夜ね」

アルクェイド・・・何故アルクェイドが?

俺が必死に状況を把握しようとしている中、黙っていたのが不快だったのかさらにアルクェイドは話しかけてくる

「おーい、志貴ってば、私の声聞こえてる?」

「本当に・・・アルクェイドなのか?」

「良かった。きちんとつながっていた様ね。でも早く返事は欲しかったな。またレンが変な事しちゃったと思ったじゃない」

「教えてくれアルクェイド。何故お前とだけ話が出来るんだ?それにレンって?」

その問いに対してアルクェイドは笑いながら”後で教えてあげる”とだけ答えた。しかたがない、疑問はおおいにあるが付き合うしかなさそうだ。

「そんな事よりもさ志貴、これからちょっとつきあってくれない?」

このセリフは今までで何回聞かされてきた事だろう

「またかよアルクェイド。つい最近まで街中を引きずり回してくれた事を忘れたのか?」

「えぇ憶えているわ楽しかったね志貴。でも、今回は特殊なの。それに最近って言うけど私が志貴といたいんだから何処でもいつでも私の勝手じゃない?」

うっ・・―――――開き直りやがった―――でもできれば私の後に”達”もつけて欲しい。

でも、こういう素直な物言いはコイツの長所でもあるし、それについ従ってしまう所が俺の短所だと思う。でも今回だけは先輩との手前付き合うわけにはいかない。でもわざわざ”特殊”と言ったアルクェイドが気になって聞いてみる

「”特殊”だなんてお前らしくない回りくどい言い方だな?」

そう言った途端アルクェイドの目がいたずらっ子のそれになる。

「へへーさすがだね志貴、じつは・・」

「ちょっとまった」

俺の発した声は彼女の「は」の部分にちょうど掛かった。

「なによ志貴。」

介入がよほど気に食わなかったのか明らかに機嫌を損ねた顔になっている。

「実はさ、シエルと約束してるんだ帰ってくるまでお前と会わないって・・」

”シエル”の名前を聞いた途端アルクェイドの瞳が冷たく光る。

「そう、あの女そんな釘を刺していったんだでもどのみち無駄な事よ。でも、いいかげん判ればいいのに・・これは私の物だって事」

ぞく、りとした瞳のまま空恐ろしい事をつぶやく。

「でもね志貴、イヤだって言っても連れて行くんだから。」

「それに第一遅いもの。」

非常にイヤな予感がする。こう言う時には決まってこの予感は外れてくれた事が無い。

「!?、どう言う事だアルクェイド、遅いって」

「うん。そのままの意味よ志貴。貴方は目覚めたらイギリスにいるの。もちろん私と一緒にね」

「な・・」

絶句する俺を前に淡々と、そして何よりも楽しげにアルクェイドは俺にトドメを刺していく。

「志貴がさっき言ってたあの”なんで私だけと会話ができるのか”って問いに答えてあげる。この夢はね、私の夢魔『レン』が作り出したものなの。でね、私の意識を志貴の無意識とをリンクさせているの。もちろん時間間隔も同様に操作させているから現実世界の志貴はもう何数十時間も眠っているわ。そして今、私の隣にいる。」

自分の意識とは全く無関係で何か起こっているのは薄々感じていた。だがこうも理不尽で強引な手段とは・・怒りを通り越して呆れてくる。

「はぁ・・アルクェイド、もともと俺には選択肢なんて無いじゃないか」

そう言った途端、目に見えてアルクェイドはしゅんとなる。そして本当に困った様子で俺に語りかけてくる。

「志貴・・ねぇ、怒ってる?それとも呆れてる?」

「両方に決まってるだろう・・とにかく起こしてくれ。夢でお前に文句を言っても後でうやむやにされかねないからな」

その直後俺の意識と視界はホワイトアウトしていき、その瞬間・・「へへー、ばれたか」というまるで悪びれもしない陽気なアイツの声が聞こえた気がした・・・







―――――――実世界 0.1―――――――







あの方が私の元から去られて何百年経っただろう・・初めは帰ってきてくれると信じ、再会した時話の種にでもなるかと思い、去って行かれてからの年月を数えていたが・・ちょうど642年目でやめてしまった。

そう、いくら待っていても帰ってきてくれる筈が無いのだ。ここを出て行かれる時、おっしゃったではないか

「姫が来るので迎えて逝く」と。

もう会えないのだろうか?私の主であるあの方は・・・







――――――――実世界1.0――――――――

「う・・・ん」

「おはよ志貴。今日もいい天気よ」

無意識下から目覚めた俺を迎えたのはやはりというか当然というかやっぱりアルクェイドだった

ふとまわりを見渡してみる。目的地のホテルだろうか、俺が寝ているベッドの横にもう一つベッドが並んでいる。アルクェイドに聞くとどうやらホテルではなく宿屋らしい。

荷物も何故か有彦の家に逃げ、いや遊びに行く時の為に置いてあったバッグがあり、中を見ると何故か形見のナイフもきちんとあった。

「やっぱり、夢じゃなかったんだな」

「なによ、夢の方が良かったような言いぐさね」

アルクェイドはむっとした表情になっていかにもご機嫌ナナメ、といった表情になる

「あたりまえだろ。こっちは拉致誘拐+αな目にあってるんだぞ」

「むっ、だってあのままあの屋敷にいたら妹にどんな目に逢わされたか想像してみなさいよ」

うっ・・確かに考えたくもない。あのまま朝をむかえていたらと思うといろんな意味でぞっとする。

あまりに長い間考えていたのだろうか、気がつくとアルクェイドが俺の顔を覗き込んでいる。

そして不安そうに

「もしかして志貴にとっては迷惑だった?」

それに俺は特にコイツのこんな表情やしぐさに驚くほど弱く、なおかつコイツには裏がないだけ余計にタチが悪い。、そして第一それを俺自身嫌がっていない事も今までの体験で十二分にわかっている。

心の動揺を隠す様に俺は彼女と距離をとりながらつとめて冷静に言葉を返す。

「あのな、アルクェイド。こう言う事は事前に相談してくれ。こっちにも準備っていうものがあるし、いきなり連れてこられたんじゃ戸惑うのも当然だろ?」

「じゃあ怒ってないのね志貴」

「あぁ。もうお前と付き合ってる限りトラブル続きだって覚悟してたからかな、それにもう、慣れた。」

パッとアルクェイドの表情が明るくなり、心底ほっとした様に

「よかった〜。それだけが心配だったんだ」

ここまで会話が進んで気持ちの整理がついてきたからだろうか、やっと自分以外の事にも意識が向き始めた。もっとも心境のほうは覚悟が決まったという感じに近いかもしれないが。

「アルクェイドお前にいくつか質問させてくれ。まずはここは何処なんだ?何故俺をここまで連れて来たんだ?そして第一いつまでいるつもりなんだ?」

「言わなきゃダメ?」

「あたりまえだ、バカ。それにここまで来てそれは無いだろう?」

「むー、仕方ないわね。じゃいい?順に答えていくわよ。ここはね、吸血鬼が確認されている場所なの。地名はあえて言わないでおくわ。そして滞在日数の事だけれど、カタがつくまで当分ここにいるつもり。そして何故志貴をここに連れてきたかというと、私が志貴といたいからに決まってるでしょ」

最後の言葉はさも当然の様に胸まではって言われた。

「本当・・なんだろうな」

「えー私ってあんまし冗談って言わないよ」

俺にとって、コイツの本気は冗談って読める。

「・・またなのかよアルクェイド」

「なによ、まだ諦めていていなかったの?案外しつこいんだね志貴って。いいかげん覚悟決めたら?」

「あのな・・俺はごく普通の人間だぞ?普通の人間が普通の生活に憧れてなにが悪いんだよ」

「志貴・・本当にそれ本気で言ってる?私を見事にバラバラにしてくれたくせに。それに私は普通の人間に殺されたりなんか絶対にしないよ」

・・・未だにそれを言われるとつらい。アレは俺がやったんじゃなくて俺の中のナニカがやったんだって言い訳しようもんなら自分から異常だって言ってるようなもんだし。

・・うう、大人しく従うしかなさそうだ

そして、今一番言うべき言葉を言う事にする。

「アルクェイド、最後に聞かせてもらっても良いか?」

「なによ、まだあるの?」

「トイレは何処だ?」



――――――実世界0.2――――――







あの方に教わった様々な事が今でも意識すれば脳裏に思い浮かべる事ができる。彼にとっては些細でほんの気まぐれ程度の事かもしれなかったけれど、この知識は私にとって非常に感慨深く、また有益なものだった。

そう、ほんとうに「いろいろ」教わった・・

未だ気になるのは「姫」こと真祖の君、アルクェイド・ブリュンスタッド。

この数百年拠点を変えつつ待った甲斐ありその女がもうすぐ私の屋敷へ来るらしい。

らしい、と言うのはそれを私に伝えた途端、私の使徒の意識は途切れた。

還されたのだ、あの女の手によって・・

真祖の強さは常軌を逸しているという。長い間隠してきた私も身体も消滅は免れぬだろう。

身体は、だが。

そう、イスカリオテや埋葬機関に狙われた時、いつも滅ぶのは「身体だけ」なのだ。









――――――実世界1.1―――――

トイレの帰り際、ふと廊下を見ると使用人らしき女の子が何処かの空き室のベットシーツやカバーだろうか?を小さい体で山盛りに持って歩いてくるのが見えた。俺は邪魔にならないようにスッと脇に避ける。が、避けた途端女の子の方もシーツに足を引っ掛けてしまい、あろうことか俺のほうに倒れてきた。

「なっ」

俺の声に向こうも俺の存在に気がついたらしい。

「よ、避けてください!」

素早くまわりを見渡してみる。

背後には壁、前には女の子、壁を殺す以外避ける道は無いだろうが、そこまでするほどではない。

こうなった以上女の子の方だけでも何とかしなくちゃならないと思った俺は眼鏡と女の子をかばいつつ床に倒れた。

「うっ」

「きゃっ・・って痛くないよ?・・・あ!だ、大丈夫ですか?」

どうやら彼女は下にいる俺に気がついてくれたらしい。手でガードするため外した眼鏡をつけるべく立ちあがる。そして立ちあがった俺の目に入ったものは彼女の「死の点」だった。







―――――――実世界2.1

ワイズはナルバレックの部屋を去ってら本来の仕事でも有る各部署の連絡部に着いていた。

仕事を初めて三時間ぐらい経った頃だろうか、先程報告にあったシエルから経過報告という事で連絡部に現れた。

「こんにちはシエル様。お元気そうですね」

「えぇ、おかげさまで。そちらは何か変化はありましたか?」

「特に御報告するような事は有りませんが・・」

「どうかしました?」

「くだんの件の詳細をナルバレック様がお知りになられていますよ」

「ほっといたら良いんじゃないですか?」

「判りました」

この辺はお互いの彼女に対する思いが一致しているだけ、妙に息も合っている。

「あ、それと」

「?、どうかしましたか?あと何も無いんでしたら早く帰りたいんですけど」

「以前から問題になっていたFポイントの事です。今アルクェイド・ブリュンスタッドがいるそうですよ」

途端、目つきが冷たく冷静な目にがらり、と変わる。

「本当・・・ですね?それと」

「今回イスカリオテは動いているんですか?」

イスカリオテ・・・反逆の13使徒ユダの名を冠するヴァチカンにある皇王庁、第13課。吸血鬼の殲滅のみを目的とする異端殲滅組織。

「確認されていません」

「・・・判りました。あと大事な事なのですが、アルクェイドブリュンスタッドは単身ですか?」

何故かこちらの疑問を見切った様に質問してくる

それに答えるべくナルバレックの報告に使った書類を取り出し、読上げる。取り出している間も彼女は落ち着かない様子だった。

「それは・・確証は無いのですがどうやら東洋人、それも日本人を同行させている模様です。使徒ではなく、下僕でもないので吸血衝動に関しての心配は皆無と言っても良いと思われますが。」

読上げ、ワイズが意見を求めようと顔を上げてみると、そこには既に誰も立っていなかった。





――――――――実世界1.2――――――――

彼女の右乳房の下あたりにそれはあった。

普通はありえないはずだ。こんな現象は・・・

一番死にやすく、ゆえに一番死に近い場所にあるがゆえに持ってしまったこの瞳。アルクェイドによるとこの瞳は「直死の魔眼」というらしい。そこを突くだけで人といわず全て物は死に至る。

全てのものの命を軽くしてしまうこの世界を一刻も早く脱するために慌てて眼鏡を掛け直す。

そして、一息ついたところで唐突にその声は掛けられた

「エッチ」

ふと振り返ってみると眉をハの字にしたアルクェイドが立っていた。しかも仁王立ちで

明らかにご機嫌ナナメだ

「は!?どこがだよアルクェイド」

「あんまり帰ってくるのが遅いから見に来てみるとなに女の子の胸じ〜っと見てんのよ」

「こ、これは――」

しまった。――――俺にとっては死の世界を見ていたんでも他人から見たらこいつの言うとおり女の子の胸の凝視している変質者に過ぎない。そう理解した時俺のやるべき事は一つだった

「ご、ごめんね。決して悪気があるわけじゃないんだ」

ひたすら謝る俺に彼女は気を悪くした風でもなく

「あ、き、気にしてませんから、それよりもせっかくのご旅行なのにお二人を仲違いさせるような真似をしてすいませんでした」

と、謝る要素はこちらにあるのに逆に謝ってくる。

「いや、こちらこそ御免。だからせめて不快にさせたお礼になんか手伝わせてよ」

「そ、そんな・・お客様にそんな事させられません」

「でもここは君ひとりで切り盛りしてるんだろう?」

「!そ、そうですが・・」

トイレに行きながらわかったことは、ここの宿屋は部屋数も三つと少なく、今のところ俺達以外に泊っている客は居ないという事、そして従業員にひとりも出会わなかったことだ。カマを掛けてみたら案の定従業員は彼女一人らしい。そう言う事は・・・

「君がここのオーナーなの?」

見たところ15〜17歳といったところだ。この年ならこの子の両親がオーナーをやっててもいい年齢だ。

「オーナーなんて大した物ではありません。ここは私のエゴでやっているんです。亡くした母や父とそしてもちろん私の思い出の拠り所を守るために―――」

「・・・ごめん。また俺は君を不快にさせてしまったようだね。本当にごめんね」

「いえ、良いんです。お客様のほうこそ不愉快でしたよね。こんな話・・」

早くにして両親を亡くす事のつらさは俺も良く分かる。でも俺には有間のおばさん達がいた、今でもあの人は俺にとって本当の母親だった。

「俺にも少しは判るよ、その気持ち」

良く分かる、とは言えなかった。こういった気持ちは同じ境遇なので確かに判るがそれだけで彼女の気持ちが判るなどと気軽に言っていいはずが無い。

「俺にも本当の両親がいないから――さ」

「え・・」

「だからさ、俺にも何か手伝わせてよ。この宿に居るだけの間だけだからさ」

「で、でもお客様・・・」

「ストップ」

「俺は遠野志貴って言うんだ、呼びやすい様に呼んでくれて構わない。だからその、お客様っていのはやめにしてもらいたいんだ。そして俺達に他人行儀な言動もしなくていいよ。なんか居心地悪くてさ」

そしてそしていかにも不機嫌そうにしているあいつを親指で指さし

「そしてあそこにいるのがアルクェイド。」

初めはかなりの逡巡を見せていた彼女だがようやく折れてくれたらしい。そして彼女は”ミスラ”と名乗った。

「でも・・良いんですか?」

呼び方と手伝う内容の事だろうか、彼女はそう聞いてきた。

「あぁいいよ。」

「う〜ん・・判りました。それでは買出しを頼んじゃいます。」

元々こういう喋り方なのかこっちの方が生き生きして見える

「OK、じゃ支度してから行くから、入り口で待っててよ。詳しい事はそこで聞くから」

「判りま、じゃなくて判りました。」

「じゃ、部屋に戻るわよ志貴。」

いままでご機嫌ナナメとばかりに壁に寄りかかっていたアルクェイドだがいきなり俺達の会話に割り込んで来た。会話は終わりにしましょう、ということらしい。

「わかったよアルクェイド。」

後で、と声を掛けて部屋に戻る。

「一応弁明しておくぞ、アレは胸を見てたんじゃなくて・・」

まずコイツの誤解を解いておかなくてはならない。

「わかってる。」

「なんだ、判ってたのか、だったらなんであんな事を?」

「だって、あぁでもしなきゃ志貴が変に思われるでしょ」

そうか、まさか死の線が見えたから、と言う訳にもいかない。ということはもしかしたらあれが一番いい方法だったのかもしれない

「ごめん、助かったよ」

「ふふん、わかればいいのよ。で志貴、一体なにが見えたの?」

さっきまでの雰囲気はどこへやら、一転楽しそうに聞いてくる

その事を話そうと思ったがミスラを待たせている事もあり今は時間的にマズイ

「いや、それは後で話すよ。じゃ、」

「じゃ、行きましょうか」

とアルクェイドまで立ちあがる。

「お,お前も行くのか?」

「当たり前じゃない、それとも志貴。私がいると何か不満でもあるの?それに第一さっき”入り口”って言ってたけど位置わかる?」

確かにそうだ。俺の知っている場所といえばこの部屋とトイレぐらいだ。それに不満なんてめっそうもない。たとえあったとしてもそんな恐ろしい事は口が裂けても言るわけがない。

「済みませんでした」

またもや俺には誤ることしか出来なかった。

「へへー、どうやらわかった様ね。さ、行きましょ」

アルクェイドは得意気にそう言うとスタスタ、とドアのところまで行ってあろうことか手招きまでしている。

「やれやれ、仕方ない。じゃ、行くか」

俺はため息をつき、ドアへ向って歩き始めた







階下の入り口に行くと既にミスラが買い物篭を持って待っている。俺を見つけると笑顔を返してくれた。

先に声を掛けたのはアルクェイドだった。

「こんにちは、ミスラ」

いきなり呼び捨てにするところあたりコイツらしい

「こんにちはアルクェイドさん」

そんなアルクェイドに物怖じする様子も無く気軽にミスラも話しかけている。

「じゃ、いこうか」

ここでやっと俺も会話に参加する。

「そうだね志貴お兄ちゃん」

「「え?」」

見事に俺とアルクェイドの声が二重になった。

「いけなかった?」

さみしそうにミスラは訊いてくる。いけない、と思った俺は慌てて声を返す

「いや、良いんだ。ちょっとびっくりしただけだから」

そう言ってミスラを見やると嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑んだ。

「行かないの?志貴お兄ちゃん?」

その刺がかなりついた声にふと横を見るとまたもや不機嫌モードに入ったアルクェイドがいた。

「あ・・アルクェイドさんも行かれるんですか?」

「いけない?」

「い、いえそうじゃないんです・・」

何故か彼女の声は残念そうだった。

「じゃ、行くか」

俺の声を合図に俺達三人は今晩の買出しに出かけた。

・・買出しのほうは俺達が今晩食べたいものをミスラにリクエストしてそれの材料をミスラが買っていく、というものだった。買出しの途中にも街中を説明がてら案内してくれる。だが唯一気になったのは街の人々のミスラへの対応である。どこかよそよそしく感じる事が幾度もあった。

買い物も終えた頃、ふとミスラの足が墓地で止まった。そしてすまなそうに

「ごめんなさい、ちょっと待っててください」

と言って中に入ってゆく。俺達は言われたとうりそこで待ってることにする。ミスラの方はとてとてと、墓地の中に入っていき、土が盛ってある部分へ行き手を合わせている。

・・五分ほどしてすみません、日課なんですと言いながらミスラは戻って来た。

なるべくその事に触れない様に話題を探しているといきなり横から

「あのお墓は御両親の物なの?だとしたら何でこんなに早くも亡くなったのかしら」

といった常識のかけらも無い言葉が掛けられていた。

「バ、バカ・・アルクェイド、何てことお前は言うんだ」

半ば本気で怒りかけた俺を押しとどめてミスラは意を決したように

「いいの、お兄ちゃん。・・・・アルクェイドさん、実は私の両親は殺されたんです。」

と・・答えた。

「!!」

おそらく病気かなんかだろうと思っていたのだがどうやらその考えは恐ろしく甘かったらしい。

「両親が死んだのは3年前の夜でした。その日モいつもの様に私が寝ていると両親の寝室で話し声がしたんです。その時はいつもの事だろうと気にならなかったのですが朝起きてみると両親の死体と私の身体にこんな物が有りました」

と、いってミスラは自分の服の右襟を下げて俺たちに鎖骨のあたりを見える様に指差した。

そこには赤い、まるで血のシミのように赤いあざができていた。

街中の人々の彼女へのよそよそしさはこの辺に起因するのかもしれない。

・・しかしそんな事があってよくこんな明るく活発な子に育ったものだ。

「私・・・両親の墓を建てるのが夢なんです。それに私が父と母にできる事と言えば両親の存在をお墓によって明確にしてやる事しか今となっては出来ないんです。」

服装を整えながらそう言うミスラの目には大粒の涙がたまっていた。その涙を両手で拭った時には彼女は既にいつもの調子に戻っていた。

「そう・・ごめんなさい、つらい事を思い出させてしまって」

「いえ・・良いんです。アルクェイドさん、私、久しぶりに泣く事ができました。それに父と母との思い出は何時までたっても私の宝物ですから」

「そうか・・・」

”おもいで”すらも無い俺にとっては良く分からないが彼女の生きることに対する姿勢は十分尊敬に値する。

「そっか・・じゃミスラ、いいこと教えたげる」

「?」

そう言ってアルクェイドは指を自分のほほに添えてミスラの目を見つめる

「いい?、ヒトはね自分にとって叶えうる夢しか見ないものなの。だから貴方がその夢を諦めない限り必ず叶う物なのよ」

「そうさ、自分にとってそれが一番大切な事なら諦めるべきじゃない。俺達にも何か手伝う事が有れば何でもするからさ・・・でもお金の面ではあまり役に立たないかもしれないけどさ」

「・・・・ありがとう。お兄ちゃん、アルクェイドさん」

またもや彼女は泣いている。でも今回の涙は断じて悲しい涙では、なかった。

「志貴、貴方説得力無いわよ」

「い、いいじゃないか、全部ホントのことなんだし。・・ちぇせっかくお前にしては良い事言うな、と思ったのに」

「ん?なに?志貴、全然聞こえないよ」

絶対聞こえてる。これだけは確実にわかる

「聞こえてんだろ?」

「何が?」

そういったやり取りをアルクェイドとしていると微かな笑い声が聞こえた。はっ、として視線をうつすと満面の笑みを浮かべたミスラが立っていた。

俺とアルクェイドは顔を見合わせ

「帰ろうか?」

と言い、宿屋への帰路へついた。





それから三人で食事につき、話をしてから就寝の挨拶をしてから部屋に戻る。料理の方は琥珀さんまでとはいかないが十分水準以上のレベルだったと思う。そして俺達は部屋に戻り朝の一件の話を始める

「で、何が見えたの?志貴。」

「点が見えた」

死を見る俺の目にとって点が見える事自体はそう珍しい事じゃない。だが、問題はそれが二つあることなのだ。しかもその二つ目はミスラのあざの真上に重なる様に存在していた。

「点?点ならいつも・・とまでははいかないけれど志貴は見てるじゃない。」

「違うんだアルクェイド。点が見える事自体はそう珍しい事じゃない、問題はそれが二つあった事なんだ。正確に言うともう一つは凄く小さかったんだけど。そしてなによりあのあざの上に有った事なんだ」

アルクェイドの目が細まる。

「それってネロ・カオスみたいに他の命を内包しているって事?」

「わからない」

「ふ〜ん。その辺は調査してもらいましょう。」

「何処へ?」

「もちろんあの女のいる埋葬機関よ。こっちはいい様に使われているんだら向こうも役立ってもらわなきゃ損じゃない?」

確かにそうだ。それにアルクェイドなら俺と違って依頼も簡単にできるだろう。

「あぁ、頼むよアルクェイド」

「へへー」

ふと見るとアルクェイドの奴はとても楽しそうに笑っている。

「なんだよ」

「志貴ってさ、ここに来てからどんどん私に借りがたまっていくね。いつかでっかいの返してもらうんだからそれと・・・」

弁明をしようと口を空けた時アルクェイドは急に真剣な顔になった。

「今から私行ってくるから。」

今回の根源である吸血鬼殲滅依頼の件だろう。場所などは埋葬機関によりもう調べてあるらしい。

「お前一人で・・・十分過ぎるぐらいだな」

「なによ、すこしは心配してくれても良いんじゃない?やっぱ志貴ってば私に対してだけ冷たいんだ。借りは私に優しくする事でもいいかもしれないなぁ」

さっきまでの雰囲気は何処へやら一転愉快そうである。かんべんしてくれ・・・

「でも無理はするなよ。危なくなったら戻ってくる事」

「OK、わかったわ」

そう言い残して彼女の姿は夜の闇に消えていた。









――――――実世界1.3―――――――

来る・・・あの女が来る。

小手調べに放った死徒は20体、その全てがものの5秒で還された

この速度ならもうすぐこちらにもうほんの数秒で到着するだろう。

はっきりしているのはここで私の身体は確実に滅ぶ。しかし、どうしても聞いておかなければならないことがある。この身体が滅んだ時の為の準備は既に整っている。

そこまで考えた時にあの女の姿が見えてくる。初めに目に入ったのは黄金色の髪、そして紅の目、そしてホワイトでゆったりとした感じのトレーナー、下には紫色のタイトスカート。おおよそ吸血鬼には見えないが雰囲気で十二分にわからせられる。コイツは私達側から見ても十分バケモノだ、と。

「こんばんは、メビウスさん」

あの女は十分な余裕をもったまま話しかけてきた。

「こんばんは、・・アルクェイド・ブリュンスタッド」

その瞬間、彼女の目が細まり臨戦体制に入る。しかし、まだここでこの身体を滅ぼさせる訳にはいかない。未だ何一つ聞いてもいないのだ。

「ちょっとまってよ、この身体が滅ぶ記念に少し私の質問に答えてくれない?」

一瞬彼女は逡巡した様だが、どうやら私の最後の願いくらいは聞いてくれるらしい。

「ちょうどよかった。こっちも貴方に聞きたいことがあったのよ、忘れるところだったけど」

「ありがとう。で、どっちから質問する?」

「貴方からでいいわ。どうせ私のは一つだし。でもあんまり多くはダメよ。人を待たせてるの。心配させちゃいけないし。」

「じゃぁ遠慮無く・・・」

やっと長年の疑問が晴らされる時が来た。

「初めに、貴方はロア様の何なの?」

その途端あの女の顔が驚愕という色に染まる・・が、それも数瞬の事ですぐにあの余裕ある笑みに戻る。

「ふふ・・まさかロアの名前をここで聞くとは思わなかったわ。簡潔に説明するとね、私の死徒なのよロアは。もっともロアには憎しみしかいだいてなかったけどね」

「そう言ってる貴方はロアの死徒のようね。ふーん。アイツの支配は特殊だから世代交代する度に支配から逃れた死徒は統制を失って埋葬機関に処理されるのがオチだったのに・・たいしたものよね」

・・これで殆どの謎は解かれた。何故あの方がこの女にああも執着するのかが・・・もしかしたら愛してらっしゃったのかもしれない。それが愛だという感情だとあの方は決して認めようとはしないだろうけど。まだ、まだ最後の質問が残っている。たとえ愛されてなくてもいい。ただ、ただミハイル・ロア・バルダムヨォンという吸血鬼を想っている一人の吸血鬼がいた事を知って欲しかった。

「これが最後の質問。ロア様はいらっしゃるの?」

「ここ、私の中」

さも当然の様にあの女は答える

一瞬理解が出来なかった。いや、認めたくなかった。が、主であるアルクェイド・ブリュンスタッドが言う事だから間違いはあるまい。

・・・いないのだ。逢えないのだ、もう。

もう、私にはこの積もり積もった想いしか残っていない。

だったらせめて――――――

「わかったようね。じゃ、私からの質問、あなたは3ヶ月ほど前ここから南に12キロほど離れた町の宿屋の夫婦を殺した?」

3ヶ月前の殺人・・・そんなこと多すぎてわからない。

「判らないわ・・・なんせ多すぎて。でもみんな血の味だけは悪くなかったわよ。それに私決めたわ。もうすぐ私の身体は滅ぶけれど次の私が貴方に復讐するって」

「まさか貴方、ロアの・・」

「転生無限ってほどじゃないわ、私が転移(スイッチスライド)するためには対象の人間の心に穴をあけてそこに私の存在の因子を埋め込む。でも何時かその穴はふさがってしまうので1回に5,6人が限度ですけれどね。知ってる?人間の心って本当に穴があくのよ?」

私を見ていた深紅の瞳の光が一層強まる。

「わかったわ。もう何も言わない、何度でも殺してあげるから安心して滅んで」

「ふふ・・できるかしら?私はミハイル・ロア・バルダムヨォンの教授を受けし吸血鬼メビウス・アンク・ドライト次逢う時はメビウス・ミスラ・ドライトと言・・・」

言い終わる前に私の肉体が滅んで行くのが判る。その瞬間私の意識はスライドした―――――



――――この身体で判った事は二つある。一つ目はこの身体はとてつもなくポテンシャルが高く空想具現可化能力”コールドファンタズム”が今でも使えるという事。二つ目は早速復讐のチャンスができたと言う事。この身体はもったいないような気もするがまた乗り換えればいい。とにかくまずはあの遠野志貴というニンゲンを殺さねば―――――――私は果物ナイフをもって目的地である二階の部屋を目指し元・ミスラの部屋を出た――――――――







―――――――集束T―――――

コンコン。コンコン。うとうととしていた俺はドアのノックの音で目が覚めた。アルクェイドが帰ってくるまで待ってているつもりがいつのまにか眠ってしまったようだ。このまま寝ていたらアルクェイドに何を言われるかわかったもんじゃないなと思っていると、ドアの外から

「お兄ちゃん・・・お願いがあるの」

というミスラの声がした。

何だろう?と思いつつもミスラに対しては妹のような感覚を持っていた。だけに是非聞いてやらねばという感情がでてくる。

「ドアは開いてるよ、入ってきたら?」

「ごめんね、ちょっと両手がふさがってるの。お兄ちゃんごめんだけど開けてくれない?」

俺はドアを空けるべく立ち上がり手前に引くタイプのドアのノブを掴み、引く

「どうした?どんなお願いなン・・」

ドン、という衝撃と激痛が自分のお腹を通過して行くのが判った。

「お願い。死んで」

彼女の右手には果物ナイフ。そしてそのナイフの長さを延長する様に氷柱が張付き、伸びていた

「が・・・な、ナンで・・・ミスラが・・」

「ごめんねぇ、遠野志貴さん。私、厳密に言うとミスラじゃないの。今までいたミスラは私の心の中。今泣きじゃくってるのがそうよ。わたしに代わって謝ってくれてるわ。お兄ちゃんごめんなさいって。」

そう言いながらミスラでないソイツは自分の脳を指す。

そして動けない俺にトドメをさすべく歩み寄ってくる。

「だから、死んで。私はメビウス、ウロボロスの名を冠するミハイル・ロア・バルダムヨォンの死徒」

氷剣と化した元・果物ナイフが俺に突き刺さったら今度こそ生きてはいられないだろう。はは、どうやら死っていうものを覚悟しないといけないらしい。琥珀さん、翡翠、秋葉、ごめん。俺最後までみんなに迷惑ばかり掛けちゃったな。

アルクェイド・・また何時か逢いたいもんだな・・そして俺の脳裏に青い髪でいつも眼鏡をかけた人が思い浮かぶ・・ごめんよシエル。最後に先輩と逢いたかったけど・・・どうやら無理みたいだ・・・・

「じゃ、さようなら」

ミスラ、ではなくメビウスが止めの一撃を叩きこむべき俺に向かって剣を振りかぶる。

その言葉とともに死を覚悟した瞬間、聞こえるはずのない声が聞こえるとともに弾丸の様に剣が飛んで来た。















「元・じゃないんですか?メビウス」











月夜を背にして木の枝に立っているその人物は―――今まで俺が意識の中で謝っていた人だった

「くっっ!」

メビウスはいくらかの投剣を避けつつ避けきれなかった分は果物ナイフの原理であろうが・・

氷剣で叩き落とし、落とされた剣はそのままの勢いを殺すことなくタン、と木造の床へ鋭角に突き刺さる。

「・・・・ショット・オブ。ナイブス・・・・こういう物騒な真似をする方は、貴方ぐらいよね、

埋葬機関の弓「シエル」さん?」

「貴方に話す言葉はありません。怨んでくれても構いませんから消えてください」

そう言いながら先輩はタン、と俺達の部屋の中へ着地した。

「この場で決着をつけても良いけれどスライドスイッチしたばかりのこの身体じゃ氷撃衝がせいぜいだしそれにあの女もここに向かっている様だし。だ・か・ら、ちょっと癪だけれどここはひいてあげる。」

「このまま逃がすとお思いですか?」

「思わないけど、いいの?彼もうすぐ死にそうよ?っと、あの女も来たようねそれでは、ごきげんよう」

「!っ、遠野君!」

先輩が俺に気付くと同時にメビウスの気配が消えてゆく。そこで俺は気を失った。











―――――――集束U――――

誰かが言い争っている。その声はとても大きい。大きすぎて今まで沈んでいた意識が強引に浮上させられる。・・内容を聞くとどうやら争いの主はアルクェイドとシエル先輩らしい。

「わかってるんですか貴方は?もう少しで遠野くんは大変な事になってたところなんですよ!!・・やはりあの時滅ぼすべきでした。」

「ふん。貴方にできるわけないじゃない、それに志貴は以前私の血を飲んでいる。だからその辺の人間とは抵抗力がけた違いなはずよ。・・まぁ確かに今回は明らかに私のミスだけれど・・何より誤算だったのは私が埋葬機関から受けた依頼の内容だったって事。ここの場所の”死徒を殲滅しろ”だったはずよ。私ロアの事なんて知らされてない」

このまま続けてもどうやら泥沼化するのは目に見えている。二人もそう悟ったのか話題がこれからの事になる。

「どうするつもりですか?」

「決まってるじゃない。メビウスは転移体は一度に5,6人って言った。それにこの街は人口も少ない。」

「まさか、貴方・・」

「的が多すぎて絞れないのなら的自体を減らせばいい。メビウスの候補がわからないなら候補を無くしてしまえばいい」

「そんなことは、させません。第一メビウスを滅する為には他の人はどうなっても良いんですが?」

「えぇ、構わないわ」

あっさりと、まるで俺にいつも話しかけてくる様に本当に気軽に言い切った。

「私にとって志貴以外で一緒にいたいと思う人間なんていないし、これからも現れないでしょうね。」

シエルの目が決意に染まる

「行かせません。確かに貴方の言う事には頷けますが、ここであなたを止めないと遠野くんに2度と笑ってもらえないような気がするんです。」

「ふうん。譲れないのねどっちも」

「えぇ。これだけは譲れません」

今の状況を表すとまさに「一触即発」だった。このままでは必ずこのふたりは争ってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

「ちょっと待った」

「「!!!」」

二人とも俺が覚醒しているのがわからなかったらしい。ビクッと身体をすくめた後、そろってこっちを見た。

「ちょ、ちょっと志貴大丈夫なの?それに今いいところなんだから邪魔しないで」

「そうです、貴方は黙って寝ててください」

「そうか、じゃ仕方ない。一人で行くしかないか」

とベッドから立ちあがる・・・が、やはり俺が負ったダメージは大きかったらしく倒れこみそうになる。・・が、その予想は外れ今俺の両手には片方のてに2本ずつ計4本のうでが添えられ、おかげで倒れなくて済んだようだった。

「ふぅ・・・自分の怪我の状態わかってます?病院で言う絶対安静なんですよ!」

「ホントなんで志貴ってばこんなに死にたがりやなんだろ。確かに貴方の力ならメビウスだけを狙って滅ぼせるかもしれない。でもねその時は貴方は心身ともにぼろぼろになってるはずよ。それに行くっていてたけど場所、わかるの?」

「わからない・・けどアイツには俺がいってやらなきゃならないんだ。頼む。連れて行ってくれ」

「死ぬのがわかってるのに行く気ですか?残されるものの事も少しは考えてください!!」

「・・・その点は悔しいけどシエルと同意見よ。でも貴方たとえ私達がダメだって言ったとしても這ってでもアイツのところへ行く気でしょ」

「当然だろ」

それを聞くとアルクェイドと先輩はふぅ、とため息をつき条件付で連れて行ってくれるといった。

条件は三つ

一つ目はアルクェイド、シエルのどちらかが危ないと感じた時、彼女達の介入を許すという事



二つ目は助けられる見込みがないとわかったらミスラを殺す事に躊躇わない事



そして三つ目は絶対に生き残る事



ただ、それだけだった。







―――――――――デモンズ・アイ――――――――

連れてこられた場所は古い屋敷だった。まわりは何も無く、まるで生活感もないが、何かわからない圧倒的な存在感のようなものがあった。二人にここで待ってるように言い含める

「いい、私は志貴が危ないと思ったらすぐに押し入るわよ。それに死んだりしたら許さないからね」

「わかったよアルクェイド。でもな、メビウスのとき俺以外の人間はどうなってもいいって言ってたよな。そそれはいけないことだよアルクェイド。待っててくれ、必ずミスラも助けるし、俺も死んだりなんかしない」

アルクェイドは一瞬不満そうな顔になったが不承不承頷いてくれた

「やっぱり私も行ったほうが・・・」

「ダメだよシエル先輩。これは俺の問題なんだ、俺一人でカタをつけなきゃならない。だから・・」

といって彼女の身体に手を回して抱きしめる。

「と、遠野くん・・・」

恥ずかしがりながらも嬉しそうな先輩、その横では本当に面白くなさそうな顔でアルクェイドが俺達を見ている。

俺は扉を開け中に入―――ろうとしていきなり肩に衝撃が走り強引に身体の向きを変えられる

180°回転させられた身体と顔の先にはアルクェイドがいた。

そしていきなり俺の顎を掴むと有無を言わさずキスをしてきた。

「!・・んーーーー・・・」

ちょうど30秒くらいたった頃だろうか、そこでようやく解放された。そして俺にキスをした張本人は「帰ってくるのよ」とだけ告げて俺を扉の中に押しやった。

閉じた扉の向こうで「い、一度ならず二度までも・・こ、こ、の不浄者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」とシエルの声がしたような気がしたがたぶん気のせいじゃないと思う。





屋敷の中で迎えた死徒は6体。眼鏡を外しそれら全ての点を突き、還してゆく・・

思ったより屋敷は狭く、ミスラ、いやメビウスがいるであろう大広間は探すことなく見つかった。

そして突き当たりである部屋の前で立ち止まり眼鏡を掛けなおして扉の前に立ちゆっくりと引いていった・・

「あら、貴方なの?てっきりあの女が来るとばかり思ってスイッチの準備までしてたっていうのに・・・貴方では私を倒す事は出来ない。まぁ滅ぼすのは誰にもできないわね」

言って、高らかに笑う

歓迎の第一声はこれだった

案の定メビウスは部屋の中央にある椅子に座りこちらを見ている。そして右手を上げる。

「消えなさい」

振り下ろされた右手とともに何かが飛んでくる。とっさに避けたそれは後ろにある扉に突き刺さった。

突き刺さったものを見るとそれは、氷柱だった。

「?おかしいわね・・もしかしてまだ意識が残ってるのかしら?あれだけ痛めつけたっていうのに。まぁこれだけの潜在能力があれば当然かもしれないけれど」

「アイツに・・ミスラの身体になにかしたのか?」

「別に何もしないわよ・・身体はね。でも、精神(こころ)は別よ。忘れてもらってたの今までの事、その方がお互いに楽でしょ。そうそう・・このこの記憶を再生していたら貴方達の事が出てきたわ。ミスラに言わせると”ここ数年で一番楽しかった事”らしいわよ。良かったわね志貴お兄ちゃん」

・・・踏みにじった。コイツは明らかにミスラの記憶とそしてミスラの人生を踏みにじりやがった。

「この目でいっそ・・・お前を殺せればと本気で思ったよ。」

呟き、眼鏡を外す。 



「はぁ?何を言ってるの?真祖の姫が連れている男にしてはずいぶんと情けない言いぐさね。」

「眼鏡を外したところで強くなるわけでも無し・・・それに貴方人間でしょ?もうあきらめなさいな」

一瞬、彼女は驚きにも似た表情を浮かべた後嘲笑まじりにそう言い切る.

そんな中、俺は、己の目のみに神経を集中させる・・・



やがて見えてくる月世界。そして軽い頭痛と共に生物は死の線をつけたオブラートに包まれる



・・・・・・・視・・・死・・が視える。其れだけで虚ろだ。世界が、命が。



その目で彼女の身体を、いや、存在を凝視する。

今夜は満月に近い月夜のせいか、よけいにはっきり線が見える。

身体に浮かぶのは幾重にも走る彼女の存在の裂け口。

その線をかばうように点が2つ・・・・1つは彼女の首の根元、右鎖骨の下。

もう1つは初めに見、そして元からあったミスラの点。それは今も変わらず左乳房の下あたりに収まっている。ただ、その点は以前見たものより、ずいぶんと小さく、弱々しい。



「なぁにその目・・・私を殺す気?そんな目で見ても無駄よ・・・それに第一私を殺せるの?志貴お兄ちゃん?」

「知ってる?私の中でもがいてるこの子はどうやら貴方の事が好きみたい。ねぇ、どんな気分?愛される気分は、想われる気分は、私は一人の吸血鬼を愛したけれど愛された事は一度だってなかった。教えてよどんな感情なの?」

あざけりと嘲笑、そして少しの後悔まじりに放たれたその言葉は、奴が彼女の精神上の中心部分をも支配している事を示していた。そして同時にミスラの存在領域が少ない事も・・・・



その問いには答えず、ただ感じたことのみを言葉にして世界に放る。

「臆するな、おまえの存在はそんな事で塗りかえられはしない」



それは誰が為に発せられた言葉だろうか・・・

そう感じつつ彼女(ミスラ)に笑いかけ、俺は彼女(メビウス)に向って走り出した。



「そう・・・殺す気なのね・・・じゃあせめて貴方を愛して殺されるこの子の怨みでも貴方の身体と心に刻んでおこうかしら」

そう言って迎え撃つ彼女の手はもはやあの幼く可愛い手の面影はなく氷で教化された仰々しくも純粋な「武器」と化していた。

その手は涙で濡れる事はあっても血で染まる事は無かったろうに・・・



その手をかわしながら正確に奴の点に焦点を定める。

「いいのよ? そのナイフでこの子を殺しなさいな!でも、私自身は消えないけれどね!」

あるのは自信、その根底には嘲りと皮肉。



武器と化した手をかわしながら慎重に隙をうかがう。

手を切り落とす事自体は容易だが、それでは奴をまた新たに転移させる要因になりかねないし第一ミスラ自身に傷をつけるわけにはいかない。

「どうしたの?私を殺すんでしょう?志貴お兄ちゃん」

彼女によってつけられた傷は上下の手を使ってでも数えられないほどになってきている。

それにただでさえ以前奴に受けた傷で万全とは言えない身体だ。ちょっとの衝撃で目がかすむ・・

だがこんなことででこの子のこの先の人生を決めて良いはずがない。





「人は叶えうる夢しか見ることはない」

アルクェイドとそう教えた。

まだ

まだミスラは何一つ掴んじゃいない。

親は奴に殺され、夢は見れるだけ幸せだと言った。

ただひたすらひたむきに生きて、親の墓を建てたいと明るく言ってのけたミスラ。

不幸をひたすら噛み締めてそれを笑顔に変えていた・・・

人生において不幸と幸福の重さは合わなきゃ嘘だ。もう十分幸せになってもいい頃だろう。

よぎるのはミスラと初めてあった時の事。

そして俺とアルクェイドがミスラと出会い、彼女と交わした言葉・・・



「人は叶えうる夢しか夢見ることは無い」



「なに?それ。ジョークとしては笑えないし、本音ならもっとくだらないわ。」

「そうか・・・まだ判らないんだな?」

不審の影が彼女の顔を染める。

「なんですって?どう言う意味よ?」

「あいつがまだお前に負けていないってことさ!」

そのごくわずかな隙を突いてすれ違いざまに奴の存在の点を突く。



「!ツ・・・ッ・・・やったわね!・・・・・・・・・・・・・こんど・・は・・え?ナ・・・ゼ?スイッチガハイラ・・・ナイ」

氷衝撃を撃とうとした彼女の手が止まり彼女自身はその場にうずくまる。



「教えてやるよ吸血鬼。俺には全てにおいての死が線と点という形で見える。」

そう。

傷を付けてはいけないなら、つけなければ良い。お前には出来たろう?志貴。

「かみさまは何の意味も無く力を分けない、そしてこの力が俺にあるということは何かしらの意味があるということ」

先生の残してくれた言葉、残してくれた物、そして刻んでくれた勇気。





「わタしはミスラ・・・メビウスじゃナイ・・・お兄ちゃんを傷つけさせ・はし・ない・・・くっ、だまれ!なに?なによ・・・この感覚(ノイズ)・・・!?」



「俺、よく思うんだ・・その線は命のつなぎ目で、その線の間に入って線をつなげる役目をしているものこそが生命そのものなんじゃないかって・・・な」



「ガ・・・・そ・・れがどうかしたノ?もしそれがオマエに見えたとしても・・結局見エるのはこの子の死とやらでしょウ?私のはずガ・・・ナイ」



「そうさ。だからお前という存在を意識した。その時から俺にとってのお前という存在の死は見えていたんだよ。今だってそうさ。だから俺はお前は殺してもミスラは殺しちゃいない。そうしてロアは俺が殺した。」

刹那、メビウスが震える。

「オマエガ、オ、オ、オマエガァァァァァッ!!ロアサマヲッッ!!カ、カエセ、、・カエ・セェェェェ・ェッ」

殆ど半狂乱に陥りながらヤツは怨嗟の言葉を吐く

あぁ還してやるさ吸血鬼、無へと・・な

「それと最後にもう一つ言っておくぞ・・・お前の精神(こころ)で俺をお兄ちゃん呼ばわりするな」

言い終わった後、既にメビウスの声は消えていた・・・・



身体の黒点がなくなったことを確認し、俺はミスラに近づく・・・

肩を抱いてやると「うん・・」とうめき彼女が目を覚ました。

「お兄ちゃん」

「なんだい?」

ミスラを抱え上げアルクェイドとシエルが待っている場所に向かう

その道中ミスラは話しかけてくる。

「私ね・・・幻想を見たのとても怖い、お兄ちゃんを傷つけてしまう幻」

「そうか・・でも俺は大丈夫。ほら、なんともなってないだろう?」

ミスラに傷を見せない様に部分部分を隠しながら話しつづける。

「そっか・・よかった。ほんとうに・・良かった。あ、それとね」

言って右手を俺の見える位置まで上げる

「見ててねお兄ちゃん」

そういって彼女は目を閉じた・・・瞬間、彼女の手の中に大きな氷の塊が生まれる。

「!!ミ、ミスラ・・・お前・・」

驚愕する俺に彼女はスゴイでしょ。と得意げに笑い、そして力の反動なのかまた、眠りについた・・

これはシエルに相談しないといけないなと思いつついまだ喧騒収まらぬ二人が待っている屋敷への入り口を目指した。









―――――――――ある晴れた日の空の下で〜an endinig〜―――――――



さて、その後どうなったかと言うと、ミスラは自分の能力を異端だと感じていなかったのが当面の大きな問題だった。悩んだ結果、シエルの提案により記憶操作して完全にとはいかないが記憶を能力使用方法を忘れるぐらいには消し去る事ができる様なので本人に”その能力は他の人だけでなく自分も傷つけてしまう事””その力のせいで貴方自身つらい目に確実に逢ってしまう事”などを言い聞かせ了解を取ろうとした所・・・

先輩曰く「見事に断られました」という事らしい。それで俺にお鉢が回って来たという事らしい。

ミスラの能力は空気中の水分を身体の水分と合わせて凍結させてしまうものらしい。それだけ危険性を孕んでいる力をもっていると必ずといっていいほど不幸になってしまう。(人の事は言えないが)

今、ミスラの部屋の前に俺は立っている。覚悟を決めてノックする。

「ミスラ・・いるかい?」

「お兄ちゃん?・・いいよ入ってきても」

おずおずと中に入る。部屋の中はいかにも16歳らしいピンクを中心としたかわいらしい部屋だった部屋の持ち主はと言えばうつむきながらこちらの様子をうかがっている。

俺は慎重に言葉を選びながら説得を試みる。

「今日はミスラに、話があってきたんだ」

「お兄ちゃんも・・あのシエルって人みたいに私に忘れろって言うの?」

「そうだ。それがミスラにとって一番幸せなんだよ」

俺のその一言でミスラは爆発した。

「幸せ?幸せって何よ?記憶を操作させられてこの能力を失う事?父や母!、今までの事!、シエルさんやアルクェイドさん!、そして何よりお兄ちゃんの事も忘れてしまうかもしれないのにっ?」

「私は・・・一番それが怖い」

「ミスラ・・・」

何か声を掛けるべきだと思っても俺の頭は肝心な時に働いてくれない。俺が逡巡していると思いもよらないところからまた意外なヤツが声をかけてきた。

「良いんじゃない?そのままでも。この子は自分の力がどんなものか今までの体験で十分わかってるはずだしシエルの相棒といった位置付けなら埋葬機関も文句は言わないと思うわ。どう?シエル?」

と部屋の内側からノックをする。と、がちゃりとドアを開けてシエルが入って来た。

「盗み聞きをするつもりはなかったんですでも、ちょっと気になって部屋の前を通ると大きな声が聞こえたものですから・・・」

と先輩。

「私は最初から居たよ」

とアルクェイド。どうやら俺は最初から信用されていなかったらしい。非常に傷付いたがさっきの件をシエルに聞いてみる。

「う〜ん、不可能ではないと思います。能力を使わない様にしていればたいがいの審査はクリアできるはずです。ここの宿屋以上の収入も期待できますし。でも、ミスラさんがこの事件に関わった事はもう本部に知らされているはずですですからミスラさんには相応の疑いがかかるでしょうね」

シエルがそう言い終わるとミスラはガックリと肩を落とす

「なんとかならないのか」

俺も必死に頼み込んでみる。ここまで来てそれはつらすぎる。俺にとっても、何よりミスラ自身にとっても・・

「方法はありますよ」

あっさりと、拍子抜けするぐらい簡単に答えは帰ってきた。

「本当か先輩?でもその方法ってもしかして・・・」

案の定先輩は

「濫用しなくてなんのための職権ですか」

と言ってのけた。

「でもなんでそれを早く言ってくれなかったんだ?」

「あまりにも遠野くんがミスラさんに優しいんで意地悪したくなっただけです」

とのことだった。



時は金なり、善は急げと妙にアルクェイドがうるさいので早速俺達は帰路につくことにする。

「じゃ、行くわよ志貴。」

とさも当然の様に俺を連行しようとする俺を先輩が止める

「待ちなさい。遠野くんを貴方なんかに任せてはおけませんこちらで一緒に帰ってもらいます」

見ると、シエルの後ろでミスラも手招きしている。

「あら、いいの?貴方にはミスラを補佐、案内させるんでしょ?志貴を連れて行くって言うんなら私も行くわよどうなっても知らないけれど」

それは果てしなくマズイ気がするのでシエルに断りをいれてアルクェイドと帰る旨を告げた。

「ホントは首輪を・・・」

続きを言おうとしたシエルを必死に押しとどめてアルクェイドから聞き出した到着予定日をシエルに教える。そしてその日に逢おう、と言ってなんとかなっとくさせる。

そしてミスラのほうはというと初め目に見えてしょんぼりしていたが、俺とシエルの話しが終わるのをみてとてとてと歩いてきた。

「お兄ちゃん」

「なんだい?」

「ちょっと耳を貸してくれる?」

「?あぁ、いいよ」

訝しがりながらも彼女の方に耳を向ける・・・といきなりミスラが俺の前に回り唇を重ねて来た。

2秒ぐらいの軽いキスだったが俺にってはとても長く感じた。

「ふふっ、もっと大きくなったら迎えに行くから、それまでまっててね志貴お兄ち・・はうっ・・・」

見るとアルクェイドとシエル、両方の肘がミスラの脇に入っている。二人とも共通して目が冷たく、怖かった・・・



ミスラを引きずって行ったシエルを見送った後、ここにいるのはアルクェイドと俺だけになった。

「ねぇ志貴」

「ん・・なんだ?」

「家に帰って志貴がシエルと会う日があるでしょ・・・・その日に私とデートしよう」

「は?」

「だーかーらー帰った日のシエルと合う約束を破って私とデートしようっていってるの」

シエルの約束を今度こそ破ろうものならそれこそ俺はシエルに首輪をはめられてしまう

「できるわけないだろ」

これだけは譲れないとばかりに言い返す。

「ふーん。いいのかなぁ志貴、そんなこと言って」

「・・・・どう言う意味だよ」

お決まりの嫌な予感がおおいにする。

「忘れちゃったの志貴?志貴は私に大きな借りがあるんだよ」

・・・思い出した。ミスラの件も含め俺はコイツに借りっぱなしだった。ここで返しておかなければ後々どんな無理難題に付き合わされるかわかったもんじゃない。・・が借りという天秤の皿の向こうにはシエルがいる。どちらも量りきれるもんじゃない。

「ア、アルクェイド」

「なに?、志貴。弁明といい訳と私への愛の言葉と謝罪は帰りながらゆっくり聞いたげる」

アルクェイドは非常にうれしそうな顔をしている。

その時俺は本当に太陽が霞んで見えたような気がした。



アルクェイドとシエル・・そしてミスラ。三人とうまく付き合える様夢見ながら俺は走り出すアルクェイドの後を追う。







ふと立ち止まって見上げると空は果てしなく広がり、また蒼く澄み渡っている。それはまるで俺達4人の心境を表すような光景だったと・・思いたい。





”人は叶えうる夢しか夢見ることは無い”

唐突に浮かんだその言葉へ「そうだよな」と返し、俺はまた歩き始めた。















―――――――Fin―――――

















おまけSS『〜ある晴れるであろう日の遠野家の中で〜』


注意:これはアルクェイドシナリオのGoodエンド後を想定して作られた物です
なお、この作中にありえない事が多々出てきますが、ただただありのままに受け入れてください。(笑







「う・・ん、朝、・・か」

まぶたに強い光が差すのを感じ、目を開けると見慣れた天井が目に入ってくる。

ふと時計を見ると翡翠がやってくる時間より30分も早い。

たまには早く起きて翡翠に迷惑をかけないようにしようと一念発起し深いまどろみから体と精神を解き放つべくベッドから身体を起こす。

昨日は珍しくアルクェイドが遊びに来なかったことが原因だろうか、と思いつつこの部屋唯一の自然光源である窓際に歩み寄り眼下に見えるあの庭を眺める。

「たまには早起きも良いもんだな」なんとなくひとりごちる。

「そうだろう、ほら」

と、唐突な声とともにオレンジジュースが差し出される。

「サンキューひす・・・」

と、手渡されたオレンジジュースに口をつけつつ顔を横に向けると、黒髪、黒目、なおかつ身体の色も黒で着ているものといえばコート1枚という

夜中に出会ったら間違い無く女の子は200%逃げ出すであろういでたちでその人間、もとい「元人間」は立っていた。

「ぶっっっ!!!な、おま・・・」

俺の驚きの声を平然と見つめるネロ・カオス

「このオレンジジュースかね?、ふむ・・・私はやっぱりミニッツメ○ド派なのだがもしかして志貴君はなっ○ゃん派なのかね?いかんよあんなものは

血もジュースも新鮮な物に限る」

などとどっかの吸血鬼みたいにズレた反応を返してくる。しかも後半は果てしなく物騒だ。

「違う!・・第一どっから入ってきたんだ吸血鬼。しかも何故こんなところに居るんだ?それにお前は俺が・・・・」

「ふむ・・朝から騒がしいな君は。この街はただでさえうるさいのに。唯一静かな時間と言えば朝早くかそれに繋がるくらいの深夜ぐらいしかない。そんな時間を無駄に浪費するなど

人生を損しているとは思わんのかね?まぁ君の疑問はもっともな反応だと言えるがな。その件は追々彼女と説明する」

「彼女?」

「貴様が1番良く知っている吸血鬼だ」

「もったいぶらずにおし・・・」

思わずキレかけたその時

ドサッ

「「!!」」

ふと、物音のした方向を見るといつものように俺を起こしに、かつアイロンがけしてある制服を持ってきたのであろうが――――

翡翠がその制服を取り落として立ちすくんでいた。

・・・マズイ、非常にマズイ気がする。

「ちょ、ちょっと待ってくれ翡翠これにはわけが・・・」

俺が声をかけた途端、翡翠は”はっ”となり

「し、失礼致しましたっっ。志貴さまっ」

と、彼女にしては珍しくドドドドドと足音を立てながら、さながら脱兎のごとく走り去って行く。

「翡翠!!」

と・・・廊下まで出て必死に説得を試みようとするが話しかけようとしたその時はもう通路の影に消えた後だった。

ガックリとして部屋に戻る。この騒ぎの当の本人と言えば・・・案の定まだ俺の部屋にいた。しかも

「はっはっは、ウブだな、彼女」

と何がおかしいのか笑いながら歯まで光らせさわやかにキメていやがる。

・・・本気で眩暈を感じる。もうコイツのことはほっとくしかない、さっさと着替えて朝食を食べに下へ降りよう。

服を脱ぐ前に七夜の短刀を口にくわえて着替える事にする。コイツの強さは身をもって知っているので一瞬たりとも油断が出来ない。

・・・・・

「チッ」

カオスの口から微かに何か聞こえたような気がしたがたぶん幻聴ではあるまい

服を着替え終えると早速階下に向うべく歩き出した。

「待ちたまえ、私も行こう」

はぁ、もう勝手にしてくれ、こうなったら毒を食らわば皿まで、である。秋葉にはどう説明しようか考えつつ階段を降りる。

「古い友人」いや、友人と言えるほど仲が良いわけでもなく、第一年齢が離れすぎている。

「学校の先生」・・・・もっと悪い。

それに秋葉からどんな”御学友なのですか?”と突っ込まれようもんなら即ばれてしまう。

しいて言うなら「最近出会った変体吸血鬼」である。しかも身体には六百六十六匹の獣付きの、である。

だめだ、いくらなんでもそれはマズすぎる。

・・・真実をありのままに話す事の不条理さがこれほど身にしみた事は無い。えぇいここは覚悟を決めて有彦づてで知り合った人とでもしておくしかない

意を決して秋葉が居るであろう居間に入る。そして秋葉はやはり――そこにいた。

「おはよう、秋葉」

「おはようございます兄さん、それと・・・」

秋葉の視線が俺の背後に注がれる

「あ、秋葉この人は・・」

「叔父さん」

「へ?」

「兄さん、昨日の夜説明したはずですが。明日叔父さまがいらっしゃるので礼儀の一つでも覚えておいてくださいね、と」

・・・・そういえばそんな事があったような無かったような・・・

「叔父さん?」

「まぁ、正確に言いますと分家である軋間の当主の弟の嫁の妹の夫である人の従妹ですが」

・・・・・果てしなくわかりにくい上に絶対間違ってるぞ。それ

「はっは、相変わらず秋葉くんは聡明だな。」

なんの違和感も無くコイツもかえしていやがる。

「ところで叔父様。唐突の御訪問でしたが何か御連絡や早急な予定でもお入りになられたのですか?」

「それなのだが・・・秋葉君には悲しい知らせがあるのだ。それに関する事なのだが私は墓を作らねばならん・・」

「なにごとです?」

一瞬俺の墓かと思ったが雰囲気的にどうやら違う様だ。

「実は・・・以前から君がよく可愛がってくれたヴェズルフォルニルが逝ってしまった。私はセイラと呼んでいたが」

カオスの呼び方はともかく確かコイツはギリシャ神話で世界樹の木、トリネコの枝にとまっている大鷹の名前だったはずだ・・確か。

「!!・・あの子が・・・そ、それで他の子達は・・」

「ああぁ、それなんだがね秋葉くん。聞いてくれたまえよ。わたしの可愛がっていた黒インパラのアムロも白虎のシャアも鹿のクェスもペガサスのフォウも

あまつさえフェンリルのカミーユまで・・・」

と、ずいぶん変に偏った名前を挙げてゆく。そしてここで一旦言葉を区切り、カオスはこちらにちらっ、と意味ありげな視線を向けた後すぐに秋葉の方へと向き直ると

「どこかの殺人貴に殺されたんだよ」

か・・・勘弁してくれ

二人のやりとりから脱すべくふと横を見ると、秋葉の横にはいつものように翡翠と琥珀が佇んでいる。普段と違うところと言えば・・・・

翡翠がさっきから顔をうつむかせたままで1度もこちらを見ていないという事ぐらいだ。

そんな翡翠を横目で見つつ琥珀さんにも挨拶をする。

「おはよう琥珀さん」

「おはようございます両刀づかいのの志貴さん」

「なっ・・・・」

”パリン・・・”

嫌な予感がしつつも見るとやはりとうかなんというか遠野家の当主さまがティーカップを取り落としていた。

「琥珀・・・もう1度言いなさい」

「はい、秋葉さま。ですから、りょ・・・」

「ちょっとまった、いや、待ってくれ」

「なんですか。弁明の余地はないように思われますが」

「誤解だ、冤罪だ。第一俺はそんなケは無いしこんなヤツ2回ぐらいしか合った事は無い。そんなヤツに好意なんぞ持てるわけがないだろう?」

するとカオスのほうはむっ、と眉を寄せるとさみしそうに呟く

「君の意思で、私自身を受け入れておきながらなんて言い草だ・・・・いらなくなったらポイ、と言うわけかね?」

「しかも、君の方から私に襲いかかって来たんじゃないか」

沈黙する秋葉

顔を赤らめまたうつむく翡翠

意味がわかってるのか確信犯なのかいつものニコニコ顔の琥珀さん

な・・・アレは俺の身体が傷によって死にかけたのをお前の細胞で埋めただけだ、しかもやったのはアルクェイドだし。

しかし、なんて言い様だ。もう秋葉なんて完全に勘違いしちゃってるぞ・・・・・

「なんて・・・・琥珀!!!!」

「はい♪」

すちゃっ、と片手に箒を持った琥珀さんが秋葉の右に立つ。

「そして・・・翡翠。そのまま離したらダメよ」

「押さえていてね、翡翠ちゃん」

「!!」

「はい。・・・・・すみません志貴様。姉の命には逆らえないので」

その声が聞こえると同時に腕が後ろから押さえつけられる。

「兄の不出来は妹である私の責任。兄さんの曲がった性癖を叩きなおす為、今から座敷牢に兄さんを幽閉します。覚悟は・・宜しいですね兄さん」

そう言う秋葉の目は真剣そのもので髪はいつのまにか赤く染まっている。

そんな覚悟できるわけが無い。俺は翡翠との身長差を利用して前かがみになる。

「あっ・・」

背中で翡翠の声が聞こえたがこの際仕方が無い。俺は翡翠をおんぶするような――――実際は翡翠が俺につかまっているのだが―――

格好で秋葉の手から逃げる様に屋敷の外へ逃げる。



はぁ、はぁ・・こ、ここまでくればまず大丈夫だろう。

「すまないな翡翠。こんなところまでつき合わせちゃって。」

「いいんです。それよりもこれを・・・お口に合うかどうかわかりませんが・・」

と携帯用の水筒を差し出してくる。

「おっ、サンキュー」

走ったばかりで丁度喉が乾いていたところだったので俺は翡翠から水筒を受け取ると中身を一気に飲み干した。

「まぁ、良い飲みっぷりですね志貴さん」

「ぶっっっっ!!」

ふと横を見て目に入ってきたのはニコニコ顔の琥珀さんだった。

「な・・・ひ、翡翠は?」

「やですよ志貴さん。翡翠ちゃんは初めからいませんでしたよ」

な・なんてこった。今まで担いで来たのは翡翠じゃなくて琥珀さんだったのか。

「でも、なんでこんな手の込んだ真似を・・・?」

そう訊いてくる俺に琥珀さんは

「もうすぐわかります。」

とだけ答えた。

「もうすぐ?・・・うっ、か・身体が・・・」

「効いて来たみたいですね」

身体がしびれて動けない俺に琥珀さんが歩み寄ってくる。

「こ、琥珀さん・・・何を盛って・・・」

「ごめんなさいね志貴さん、でも気付かない志貴さんにも責任があるんですよ。あ、志貴さん秋葉様が来られましたよ」

そう琥珀が言うのが聞こえたがその声を最後に俺の意識は遠ざかっていった。



・・・・話し声が聞こえる。このきつい声は・・・秋葉か。なにやら琥珀さんや翡翠達と何か話し合ってるみたいだ。

「今度という今度は堪忍袋の尾が切れました。無作法だけならまだしも同性愛のケまであるなんて」

「それに志貴さんは年下の方に超がつくほど甘いですからね。あれで案外ロリコンなのかもしれませんね〜」

「姉さんそれはさすがに・・・・」

しかし・・・今日ほど毒舌な琥珀さんは見たことが無い。

ぐっ・・・必死に違うと叫びたかったがここで俺が起きていると感づかれるのはマズイ。ここは声を殺して耐える。

「まぁ、どちらにしろ兄さんにはたっぷり思い知って頂かなければなりませんね。座敷牢で」

ざ、座敷牢?そんな所に連れて行かれてはたまった物ではない。よし、ここは何としてでも脱出しなければならない。

まずは現状確認。ここは居間。辺りには翡翠と琥珀と秋葉がいるが俺への”お仕置き”とやらの内容を話している。凄く楽しそうに。

そして俺は後ろ手にロープで縛られている。・・・こうなったら転がって行くしかない。玄関まで出れればなんとか立ち上がる事も可能だろう。

よし。

ごろごろ。

ごろごろ。

ごろごろ。

よし、もう少しで居間から出られるぞ。もうひとふんばりだ。

ごろごろごろ。

ごろごろごろ。

ごろ、ゲシッ。

急な衝撃とともに出口までもう少しのところで進行が止まる。

ふと上を見上げると・・・・・

「ふっ」

カオスが勝ち誇ったような笑みを浮かべて佇んでいた。ちなみに俺を足蹴にして進行を止めている。そして

「秋葉くん。私は今から同胞達の墓を作りに行くから後をよろしく頼む」

と、秋葉に向かって大声で叫んだ。この声を聞いて俺の存在に秋葉が俺の存在に気付かないわけが無い。

「あ、はい。わかりました叔父さ・・・兄さん!!!」

ビンゴ。たちまち俺は秋葉に捕まり座敷牢に連れて行かれる。

俺がカオスとすれ違った時

「任務、完了」

とヤツがつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。



ここです。と、庭の隠し階段をくだり、連れてこられたのは頑丈な扉であしつらえられた鉄製の扉の前だった。

しかも何故か扉には左から順に「シキ」「四季」「式」「志貴」と書いてあった。

「さぁ、兄さん。ロープを解いてあげるのでひと部屋選んで下さい。ただし・・・・」

「ただし?」

「もし入る部屋を間違えると、二度と戻ってこれなくなります」

「なに!、異次元にでも繋がっているっていうのか?」

「そのとうりです」

ぐっ・・・今日はとことん厄日だ。幸いポケットには短刀があるのでいつでも逃げ出せるのだがここはまず

秋葉を安心、もとい油断させねばならない。四つある部屋の中でとりあえず自分の名前が書いてある部屋は別として

まずは左の部屋から開けてみる事にする。扉にはシキ、と書いてある。

がちゃっ、ぎぎぎ・・・

相当錆付いた音を立てながら扉が開いてゆく・・・・すると中には・・・

白髪で何故か胸に人形を抱いているビジュアル系の男がひとり座敷――と言うか畳の真ん中で眠っていた。

しかもその人形には可愛く「あきは」と書かれたアップリケが張付けてあった。

バタン。速攻で扉を閉める。

「何か見えましたか?志貴さん」

怖いくらいの笑顔で琥珀さんが話しかけてくる。

「いえ・・・・特に何も」

「そうですか〜シスコンですからね」

何も話していないのに琥珀さんは見切っていたかのように説明する。

次は・・・四季、と書かれてある部屋にする。

がちゃっ、ぎぎ・・・

前回と同じような音を立てて開いてゆく・・・その中には

黒髪で長い髪をした男が身体中に何故か包帯を巻いている最中だった。途中「目指せ、綾菜ミレイ」などと叫んでいる

バタン。今回は気味悪さも手伝ってか閉じるまで1秒もからなかったように思える。

「何か見えましたか?志貴さん」

またもや怖いくらいの笑顔で琥珀さんが話しかけてくる。

「いえ・・・な、何にも・・・」

「そうですか〜親バカですからね〜」

また何も言っていないのに琥珀さんはまたもや見切っていたかのように説明する。なんだか楽しそうだ。

も、もう嫌だ。後の式、と志貴と書かれている扉ももちろん気になるがこれ以上ここには絶対居たくない。っていうか居てはイケナイ気がする。

俺は扉に入るフリをして琥珀さんにこちらを見ないほうがいいですよ〜と釘をさされ向こうを向いている秋葉に身体をぶつける。

「あっ」

と、秋葉がよろめき、翡翠と琥珀さんの二人があわてて秋葉に駆け寄る。その隙に俺はダッシュを始める。

「こ、琥珀!!、兄さんを捕まえなさい!!!」

激昂した秋葉の声が聞こえる。ここで捕まっては元も子もない。

必死に来た道を戻る。後ろの方で、

「あっ、翡翠ちゃん!ここに立ってちゃ、志貴さんを追いかけられないじゃないの!」

「ね、姉さん!今は秋葉さまのほうを!」

と、琥珀さんの足止めをしてくれるのがわかる。翡翠には後で何かお礼をしなくちゃな、と思いながら庭へ出る階段を上がる。

庭に出て目に入ったのはアイツだった。

ソイツは庭に穴を掘っては

「1つ掘ってはシャアのため〜」

などと歌っている。そうだ、全てにおいてまずコイツを殺っておくべきだった。ナイフに手を触れて感触を確かめる。よし、と覚悟を決めた瞬間

俺とカオスの延長線上にアルクェイドの姿が見えた。・・・・ある考えが浮かび俺は走り出す。

何を考えているのかわからないがやっぱりアルクェイドも走り出す。

カオスまであと10メートル。

5メートル。ここで俺は右手を伸ばしながらアルクェイドに話しかける。

「アルクェイド、右手を出せ!」

「うん、わかったー」

ノーテンキに返してアルクェイドも右手を出す。

「!!」

この時点でカオスもこちらに気付くがもう遅い。アルクェイドも俺の意図に気付いた様だ。

「「ダブル・ラリアーット」」

人類史上俺が初であろう。吸血鬼との合体技なんぞやったヤツは。

その食らったヤツと言えば・・・・くるくるくると3回転ほどしたあとずしゃぁっと右ナナメ下へ頭から鼻血(?)を撒きながら地面に突き刺さる。

さながらその風景は赤い彗星のようだ。それを尻目にアルクェイドが話しかけてくる。

「やっほー志貴。遊びに来たよ〜。でこれ誰?・・・・・あ、ネロっちだ。」

「ネロっち?あ!そうだ、お前確かコイツが復活した理由を知っているってコイツが言ってたぞ」

「うーん。たしかにね。それはね・・・」

「説明しよう」

うわっ、もう復活してるぞ、ネロ・カオス

「実はだな・・・」

「私とカオスは敵同士じゃなかったのよ」

「だってお前・・・」

あんなに真剣に闘りあってたじゃないか、と言おうとしたその時

「まぁ、話しは最後まで聞きたまえよ」

「わたしとアルクェイド・ブリュンスタッドはロアを追ってこの街まで来た。そして一通り街の雰囲気を見てからさぁ作戦会議を立てようとしたら

使い魔がきて当分は逢えない、ときた」

「後日聞いてみるとあのアルクェイド・ブリュンスタッドともあろう吸血鬼が気になる人間がいるという」

「あのアルクェイド・ブリュンスタッドが・・・だ」

「で、当の計画後、戻ってきてみれば君がアルクェイドの守護者と言うではないか」

「へへー」

当のアルクェイドといえばテレながら笑っている。

コイツを殺してしまったあの時の事だろう、さすがにあの時の事を言われるとつらい。おまけにいつのまにかコイツの守護者になってるし

コイツは守護なんてつけなくても十分に強い。

「でねー、私の推薦で志貴も巻き込・・・じゃなくって仲間にしようって流れになったのよ。正確に言うと志貴が戦ったあれはネロの4/5の身体だったの」

ここからはアルクェイドに引き継がれたのか水を得た魚の様に喋り出す。

「な・・・わざわざそんな事しなくてもさっさと二人でロアを倒しに行けば良かったじゃないか!その方が手っ取り早かったし」

その問いに二人は

「「なんでー」」

と二人揃って言ってくる。妙に息が合ってるねキミタチ

そこまで話したときに遠くの方から「兄さ〜ん」と悪鬼のような声が聞こえて来た。マズイ、秋葉達だ。

逃げなければ・・・またあの座敷牢だけはゴメンだ

声のした方を見ると秋葉が翡翠を引きずりながら秋葉が、箒を振り回しながら琥珀さんが追ってきているのが見えた。

「逃げるぞ!!!アルクェイド」

言いながら俺は走り出す。

「なーに、鬼ごっこ?」

「そうだ!!」

捕まれば命は無い本当の鬼ごっこだ。赤い髪の秋葉はさながら鬼その物だ。そう言っても俺の命は無いと思う

「カオス、お前はどうする?」

「私は墓を掘らねばならん、それに追われてるのは君だろう?。それは私の預かり知る事ではない」

「そうか、じゃ行くぞ、アルクェイド」

「うん!」

と互いに頷き走り出す。・・・・・・・しばらくしてアルクェイドが話しかけてきた。

「ねぇ志貴・・・あれって志貴の妹よね?あのカオスの目に立っているの」

「そうだが、どうした?」

「たぶんアレ、なんで私達を引き止めなかったを怒ってるみたい」

秋葉ならやりかねない。

あ・・・・カオスが吹き飛ばされた。本当に彗星になってしまいそうだぞネロ・カオス

俺は鬼に追いつかれない様、アルクェイドの手を取り走り出した・・・・・



















ふぅ、ダメだ。

今日、何枚目になるだろうか?書きかけの原稿用紙を丸めてゴミ箱に捨てる。

うちの高校、夏休みの宿題が無いのは良いんだが代わりに”去年の夏の終わりからこの夏が来るまで思い出深かったこと”

を作文として提出するという変わった物がある。それを早めに済ますべくこうして机に向かっている。が・・・・

いろいろありすぎて書くだけには困らないんだが、あまりにも非現実的すぎる為、違和感が無い様に編集してみたのだが・・・

やっぱり無理があるようだ。う〜ん、どうしよう・・・

そう考えていた時、不意にコンコン、と窓を叩く音がする。

アルクェイドが来たのだろう。ため息をつきながら窓を開けてやる。

「こんばんは志貴。今日も良い月夜ね」

と、頭痛の張本人が満面の笑みを浮かべてやって来た。そいつは目ざとく原稿用紙を見つけると

「志貴〜これ作文?ね、ね、私出てくる?」

と、ゴミ箱から取り出そうとする。

「だ〜め。出てくるけど見せてやんない」

ていうか見られては非常に困る。絶対出番が少ないだのなんだのと文句を言ってくるに違いない。そう直感した俺は素早くアルクェイドから

原稿用紙をひょいっ、と奪う。

アルクェイドは瞬時にむっとして

「むっ、いいじゃない少しくらい見せてくれたって。志貴のケチ。いいもんこうなったら力づくでも見てやるんだから」

と、こっちに歩み寄ってくる。

そうと決まれば、捕まるわけにはいかない。俺はアルクェイドの追撃を避けるべく窓際に駆け寄る。

「徹底抗戦する気ね志貴。よ〜し、こっちも容赦しないんだから」

そう言う彼女は何処か楽しそうだ。

ふと見上げると空には満月が輝いている。





「あぁ、こんやも、月が・・・」

「「綺麗」」



俺とアルクェイドはそう言って笑い合った。


/END



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