■ 夢姫〜ゆめひめ〜 / j1poul



【七日目(金曜日):最終話】














「―本当に、申し訳ありませんでした。」
俺達は、一見、何の変哲もない、優しそうな、でもちょっと痩せた中年男性と向かい合っていた。

俺は、いや、秋葉、翡翠、琥珀、そしてアルクェイドを含めた俺達は、目を覚ますと、身体に受けた傷が嘘のように治っていた。
全てが夢かとも思ったけれど、屋敷のあちこちにある戦いの爪痕が、あれは現実だったと再確認させてくれた。
皆で不思議に思いながら夕食を食べ、寝て、そして翌日。

一本の電話が、遠野家にかかってきた。
「赤ん坊に合わせて欲しい。」
というのが、電話の主の言葉だった。

男性の名前は愛印津売(あいん・つばい)

男性は、赤ん坊の父親だった。
本当にこんな名前があるのかと言う点が個人的に非常に興味があったのだが、本人が言ってるのだからきっと本当なんだろう。
何より緊迫した雰囲気でそんな質問をしたら、女性陣から情け容赦の無いツッコミが入るに違いない。
痛いのは嫌なので、俺は黙っていた。

遠野家の調査力は偉大だったと言うか、それでも一週間も掛かってしまったというべきか、赤ん坊の両親探しの努力が、ようやく実った。
いや、正確に言えば、父親が一週間を経て自ら父親の名乗りを上げた。だから調査力もへったくれも無かったのかも。
これで漸く、赤ん坊を肉親の下へと返せる。
だけどそれは同時に、俺達と赤ん坊との別れをも意味していた。


「―――それで、今更何をしに来たと言うのですか。」

秋葉の態度は、冷たいを通り越して威嚇するかのような迫力があった。
赤ん坊は、血を分けた本当の両親といるのが一番幸せ、という一般論は、こと遠野家においてはあまり通用しない。
愛してくれる人と別れることが、愛してくれる人がいないことがどれほど寂しいものなのか、8年という孤独な年月を過ごしてきた 秋葉ならその想いが強い。
だから尚更、男性への当て付けが厳しいのだろう。

もしかしたら、本当に赤ん坊を遠野家で引き取るつもりでいたのかもしれない。
そんな想いを抱き始めていた頃に、突然の実の父親の訪問だった。

「……………」
男性は、俯いて下を見たままだ。

「――答えなさい!」
秋葉が怒鳴る。
男性は一瞬、何か言いたげに上を向くが、暫くしてまた下を向いてしまう。

「私は…、一度息子を捨てた身です…。妻に先立たれ…息子を見ていると妻が思い出されて……。」
俯いたまま、男性は話し始めた。
「笑いかけてくる息子を見てると…とても憎くなって…だから…。」

「―――だから赤ん坊を捨てたと言うのですか!ふざけないでっ!親の一方的な都合で、簡単に赤ん坊を捨てたりして! 捨てられた方の子供はどんな想いを抱くと思ってるのですか!」

秋葉にとっては、親の一方的な都合で俺と離れ離れになった。
だから親の自分勝手な行動というものに、人一倍敏感に反応してしまうのかもしれない。
俺にとっては、それでも有馬の家庭てそれなりに家族と触れ合って生きてこれた。
だけど、それが秋葉には無かったのだろうから。

男性はそんな秋葉の剣幕に、俯いたまま身を竦めている。
だけど、それでも、諦めきれないようだった。
「でも…、離れてみてわかりました。妻を愛していたかこそ、息子も大切なんだって…。何をおいてでも、息子が大切なものなんだ って……」
「……………」
秋葉は無言だ。
「お願いです。息子を…蹴太院を…返してください。」

「赤ん坊は、貴方のような方に返すわけにはいきません。血を分けた子供を捨てるような人は、父親を名乗る資格はありません。」
事実上の秋葉のこちらで育てますわよ宣言。
中年男性は、その言葉を身じろぎせずに聞いていた。
父親を名乗る資格が男性にあったのか。その答えを自問自答しているように見えた。

しばし、無言の刻が流れる。

「申し訳ありませんでした。私なんかに、父親を名乗る資格は、ありませんね。本当に、申し訳ありませんでした。」
やや虚ろな声で謝りながら、中年男性が立ち上がる。
「息子を、宜しくお願い致します。」
先程から、赤ん坊の方をちらりとも見ていなかった。
捨てられた当の赤ん坊は、捨てられたこと自体、理解していないかもしれない。
だけど、その赤ん坊が、自分を憎んでるかもしれない、そんな想いが男性にあったのかもしれない。
だから、息子と正面きって相対することが出来ないでいるのかもしれない。

男性は、そのまま、居間を出て行こうとする。

「ま、待ってください。もうちょっと、せめて赤ん坊を抱いてやるだけでも…」
俺は居たたまれなくなり、そう声をかけた。
「いえ、いいんです。おっしゃる通り、私は一度その子を捨てた身、父親失格ですから。何と言われようと反論できません。」
寂しそうな笑顔を向け、男性は応える。

―――このままでは、赤ん坊は二度と血の繋がった父親と会えなくなる―――

何としても引き止めなければ。でもどうやって。
そう思った矢先、
「おぎゃぁぁぁぁぁあああ。」
突然、赤ん坊が泣いた。
はっと立ち止まる男性。

慌てて翡翠が赤ん坊を抱き上げあやしてやる。
「おぎゃぁぁぁぁぁぁああ。」
「どうしたのですか、おしめですか、ミルクですか。」
琥珀も傍に寄り、二人して赤ん坊を泣き止ませようとする。
秋葉は、じっとそっぽを向いたままだ。
「おぎゃ、おぎゃ、おぎゃぁぁぁぁぁぁ。」
赤ん坊は、だけど一向に泣き止まない。

ただ一心に、中年男性に向かって、手を伸ばしていた。
男性は、振り向かない。

やがて、翡翠、琥珀共に、赤ん坊が何を言いたいのか、わかった。

認識していたのかは、わからない。
でも、一生懸命にに、自分の血の繋がった父親に向かって手を伸ばす赤ん坊。

父親は、わかっていたのかもしれない。
赤ん坊が、自分とまた別れるかもしれない事を泣いているのだ、と。
それでも踏ん切りがつけられない男性。
振り返ることなく、かといって居間を出ることもできず、ただ立っていた。

翡翠、琥珀は、男性を見つめ、無言でじっと立っている。

だから
俺は、男性に歩み寄り、両肩を掴んで、振り返らせた。

「おぎゃぁぁぁぁぁぁあああ」
ただ、赤ん坊だけを見つめる男性。
赤ん坊は、父親に向かって、その短い手を精一杯、伸ばしていた。
男性はそれでも踏ん切りがつかなかったのか、歩き出そうとしない。

俺は、男性の背中を、ポンと叩いた。

ふら、ふら、ふら
背中を叩かれた勢いに押されるようにして、赤ん坊に向かって歩いていく男性。
そして、
父親は、導かれるように、赤ん坊を抱き上げた。

しゃくりあげる赤ん坊。
涙を流して、赤ん坊を抱きしめる男性。

父と子が、家族であることを再認識した瞬間だった。


秋葉は、ずっと外を向いたままだった。


胸に赤ん坊を抱え、何度も振り返りお辞儀をしながら、中年男性は去っていった。

「ふんっ、これでせいせいします。翡翠、琥珀、わたしはこれから部屋で休みます。夕食は結構です。」
「「かしこまりました。」」
言うなり居間を去る秋葉。

俺は放っておけず、秋葉を追いかけて居間を出た。
秋葉は足早に階段を上がり、自分の部屋に駆け込んだ。

俺は無言で秋葉の部屋の前に立つと、そっとドアに耳をつけた。

「わあぁぁぁぁぁぁっ。うぁっ、ひっく、わぁぁぁぁぁん。」

秋葉は、部屋の中で泣いていた。
精一杯、背伸びをしてきた仮面を捨てて。お嬢様の仮面をかなぐり捨てて。
誰よりも愛情をもって赤ん坊に接していたのは秋葉だったのかもしれない。
裏を返せば、誰よりも愛情に餓えていたのかもしれない。

これ以上、何を言うことも出来ない。
子供だったら、秋葉ならこれから幾らでも得られる。
今はただ、時間が慰めてくれるだろう。

俺は、そっと部屋を離れた。





夢。

何故か奇妙な現実感がある、夢。
俺はその奇妙な夢の中で更に、眠る、という奇特な行動を取っていた。
う〜ん俺って大物。


「―――しーきー、志貴、志貴ってば!」
誰かが呼ぶ声がする。
目を覚ますと、まず飛び込んだのが、緑。
緑髪、碧眼の人影が見えた。
「やっと起きた。キミ、このボクがいる夢の中で寝てるなんて、どういうつもり?」
「――カイン?」
視界がはっきりしないまま、俺は尋ねた。
「違うよ〜、ボクはバグだよ。」

視界がはっきりしてきた。
人影は少年――バグ――だった。

「やっ、こんにちわ。…こんばんわ、かな?」
「随分明るいな、お前。」
「あはは、だってボク、もともとこういう性格だも〜ん。」
少年は頭の後ろで腕を組み、無邪気に笑っている。
昨日までのことか、嘘のような明るさだった。

「今日はどうしたんだ。」
「うん、一言お礼が言いたくて。キミがボクたちを殺してくれたおかげで、追いつけたから。」
殺されてお礼というのも奇妙な話である。
「そういえばお前、俺が殺した―――」
「うん、そうだよ。だからこれは夢。キミが自分で見てるただの夢。だから細かいことは気にしなくていいんだよ。」
少年はこともなげに言う。

「追いつけた――って?」
「うん、ほら、そんなとこで恥ずかしがってないで出てきなよ。ねえロアもさ、ちょっとくらいいいじゃん。」
少年は俺の背後にまわり、後ろで誰かと会話した。

―――ロア?―――

「ロア!」
俺は慌てて振り返る。
そこに、いたのは。

シキと混ざったのか、青銀の髪をしたロアと、見知らぬ女性がいた。
目の覚めるような長い銀髪、透明な水晶を思わせる銀の瞳の女性。
年の頃は20歳くらいか。
俺に向かって、優しく微笑んでいた。
ロアはロアでそっぽを向いていたのが、なかなかに彼らしい。

暫く女性に見とれていたが、ロアの存在の危険性を思い出し、慌てて身構えた。
「てめえっ、まだこんなとこに居やがったのか!」

しゅんっ

此処は俺の夢。俺の思い通りになる世界。
俺の意識に反応して、手にナイフが出現した。
俺はナイフを逆手に構え、用心深くロアの動向を探る。
ロアも俺の殺気を目にして、戦闘態勢を取る。

「わあ、待って待って待ってよ、大丈夫だよ。これは夢、夢なんだから、落ち着いて、ね。」
少年が慌てて俺とロアの間に立ちふさがる。

少年の仲裁をみて、ロアが再び手をコートのポケットに入れる。
「フン、魂を失い転生の秘術が絶たれた今となっては、最早真祖の姫君にも、ましておや貴様にも興味など無い。」
忘れもしない、俺を散々苦しめた、青銀の髪を持つロア。
だけど、以前の殺伐とした雰囲気が少し和らいだように感じた。

俺も、ナイフを仕舞った。


隣には、緑髪、碧眼の少年。
正面には、銀髪、銀目の女性。
ロアは、相変わらずちょっと離れたところでそっぽを向いている。

女性は、相変わらずニコニコしている。
でも俺には全くといっていいほど心当たりが無い。
「―で、以前、お会いしたことがありましたっけ?」
「はい。」

にこーっ、にこーっ

うっ、笑顔が眩しい。
思い出せないのがなんか物凄い犯罪のように思えて、俺は必死で頭を空回りさせる。
だけど思い出せないのはやっぱり思い出せない。
「もう、しょうがないなぁ。カインだよカ・イ・ン。キミも散々戦った相手じゃないか。」

カイン?カインて、あの?
なんだーそれならそうと早く言ってくれりゃいいのに。
見たこと無いような女性だったからびっくりしちゃったよ俺。

「―――って、そんなわけあるかー!」

あるかー、るかー、かー

俺の怒声が木霊する。
少年は、あまりのうるささに耳を押さえている。
カインと(少年が主張する)女性は、びっくりして目を見開いたものの、しばらくしたらまたニコニコ光線を放射してくる。

「―っ、たぁ〜、もぉうるさいよキミ。やめてよね。そーゆーネタを何度も使い回ししてると面白くないんだから。」
ほっとけ

「うるさい…って、それ所じゃないだろ。カインたって、お前とそっくりの少女だったじゃないか!」
少年は再び顔をしかめる。
「だーかーらー、うるさいっての。ボクたち、命が一つだったから、姿があんなだったんだよ。狼だった頃のままの魂で、 人間に生まれていたらこんな感じの人なんだってば。」
「こんにちわ志貴さん。カインと申します。いえ、本名を名のらないといけませんね。私は、カイナンシア=レチェドアと申します。 以後お見知りおきを。」
少年の言葉を受けて、女性が挨拶してきた。

俺は、はあ、と気の無い返事を返すだけだった。

「何か…随分印象が違うんですけど…」
カインを名乗る女性は困ったように顎に手をやって考え込むしぐさをする。
「う〜ん、そうですね。わたしとバグくんは、命が一つになってしまったために、互いの性格にまで影響が出てしまったみたいですし。」
そういって、やはり笑顔を向けてくる女性。
…頭の中が全部晴天のような人だ。
互いに性格に影響が出た、という割には、両方の性格ともダークな方向に変質してたんじゃん?

「それで、俺に何の用ですか。俺は貴方を殺した人間です。恨まれこそすれ、そう笑顔を向けられるような存在じゃないはずですが。」
「あら、わたし、志貴さんが好きですよ。それに今日はお礼を言いに来たって、さっきバグくんも言ったばかりじゃないですか。」
「お礼って、何の?」
「志貴さんのおかげで、わたしもロアに追いつけましたから。」
といって、何気にロアの方に向きやる。

ぷいっ

こちらに聞き耳を立てていたロアがそっぽを向きなおす。

ロアに、追いつけた。
そうか。
この人は、ロアを追いつづけていたんだった。

それにしてもロアも性格が丸くなった。
あの時だったら、目に付くものは問答無用で殺すか、あるいは全くの無視をしてそうなのに。

「それで、ボクたちは挨拶に寄ったんだ。」
「わ、私はたまたまここを通りがかったにすぎん。貴様などに興味はないと言ったはずだ。」
言うと、ロアは少しだけ顔を赤くしながら足早に去っていく。
「ふふ、あれであの人、照れているんですよ。」

「ボクたち、ロアについていくんだ。」
「あの人が、一緒に来るか、って。だからわたし、何処までもついていきます。あの人の見るものを、わたし達も見つづけます。」
「大丈夫なのか。」
「ふふ、世の中に一人くらい、変わり者がいたっていいじゃないですか。どんなことになっても、それが私の選んだ道ですし。」
「一人じゃないよ、ボクもだよ。」
「あら、ごめんなさい。ふふ。」

「そうか…。」

十数歩先を行くロアが、こちらを振り、言う。
「何をしている。早く来ないと置いていくぞ。」

「ゴメン。呼ばれてるから、もう行くね。」
バグ少年は、立ち上がってロアの後を追う。
「私も、もう行きます。」
言って女性も立ち上がる。

「カイン…さん?」
「はい、なんですか。」
女性が立ち止まり、振り返る。

「お幸せに。」
いろいろな、意味を込めて。

「はい。」
女性は、満足気な微笑を、返してくれた。

「そうそう、忘れるところでした。」
「?」
女性は胸に手をやり、一言。
「ボクは、カイ…カイナンシア=レチェドア。永遠を求めるロアを追い続ける、追跡者。」
言って、ニッ、と笑った。

その姿が一瞬、緑髪の少女の面影と重なって見えた。
だから、今まで半信半疑だったけど、カインなんだな、って心の奥で納得できた。


ロアの歩む先は、光。
横に、銀髪の女性と、緑髪の少年がいる。
少年は楽しそうに女性と手を繋ぎ、女性は長い髪を左右に揺らしながらロアに寄り添って歩いていた。

その姿が逆光でよく見えなかったけれど、
ロアが、少しだけ、口許を笑わせていたような気がする。


永遠を求めて、何処までも歩みつづける、ロア。
道が、在った。
これまでは、たった一人で歩みつづけただろう、道。

ロアが歩いていく。

いま、そのロアに同伴者がいた。
銀髪の女性と、緑髪の少年。
道は、これからは、共に。

永遠という命題に、答えは出せるのだろうか。
何処までも続く道に、終わりはあるのだろうか。

光の先に何があるのか、きっとロアだったら、求められるのだろう。
隣に、銀の髪の女性と、緑の髪の少年を、従えて。


三人の姿が光に飲み込まれ、小さくなり、そして消えた。


俺は、そこで眼を覚ました。





7年後、某所。


「ぱぁぱ!」
どすっ
「ぐえっ!」
まだ年端も行かぬ少女が、パパのベットにスカイダイビング。
その格好は、外行き用におめかししている。いや、どちらかというと、遠足に行くような格好。

きっと、今日は家族でピクニック。
何時までも起きてこない父親を、強引に、いや、いつものように起こしに来たのだろう。

「〜っ、げほっ、げほっ、こらっ、そういう起こし方はやめなさいって何度も言ってるじゃないか。」
俺は、まるで効果はないとわかってはいても、そう声をかけずにいられない。

「ぱぁぱ、ぱぁぱ!今日は、かぞくでおでかけの日だよ。早く起きよーよー。」

ゆっさゆっさゆっさ

少女は俺に跨り、しきりに身体を揺らす。
全く、妻でさえ手を焼く俺の寝ボスケぶりなのに、この少女には全く適わない。
俺は、思わず苦笑をこぼしながら、上半身を起き上がらせて少女の頭を撫でた。
「わかったわかった。パパはこれから着替えるから、お前はママと一緒に居間で待ってなさい。」
「は〜〜い。」
少女は、頷いて素直にベットから降り、たたたと駆け出していった。
「転ばないように気をつけるんだぞ!」
「は〜〜〜い。」
少女の姿はもう部屋の中から消えている。
全く、一瞬も一つ所でじっとしていられないんだから。

この子を見てると、ふと誰かを思い出しそうになる。
けど、思い出そうとすると頭の中に霞が掛かったように思い出せない。

今日は休日だ。
さあ、着替えて、愛する妻と可愛い娘とで出かけますか。

俺は伸びをし、ベットから降り立った。


「――あのねあのね、それでロウくんったらね、地面にかおからつっこんでね――」
「はいはい。」

妻と娘が居間で会話している。
娘は興奮気味に何事かを話し、妻が娘の頭を撫でながら聞いている。
居間に入ると、昼食用の弁当のいい匂いがした。

「――おはよう。」
「おはよう、ぱぁぱ!」
「あら、今日は早いじゃない、あなた。おはよう。」
「ああ、自慢の我が娘にたたき起こされてな。」
「まあ。」
妻は、口に手をやり、ふふ、と笑った。


「じゃあ、行こうか。」
「ええ、あなた。」
俺は弁当の入ったリュックを持って、一足早く入口を出て門に向かう。

空は、晴天。
絶好のピクニック日和だ。

まだ朝の早い時間なので、空気に清浄の香りが漂っている。
俺は、胸一杯に、その空気を吸った。

振り返り、娘と妻に声をかける。
「さあ、行こうか、海、おまえ。」
「うんっ!」
「はい、あなた。」


空は、晴天。
何処までも続く青空の向こうで、小鳥がチチと囀ったような気がした。


/END

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